~*リハビリ訓練道場*~ 小ネタ投下したり、サイトにUPするまでの一時保管所だったり。
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「ピン、じゃんけん」
「ふぇ?」
リビングでくつろいでいたピンが間抜けな声を上げた。
脈絡無く所望した「じゃんけん」の意味がわからなかったんだろう。
「節分」
「あ、そっか~。もうそんな時期か~」
壁のカレンダーに目をやって、ようやく意味を理解したらしい。
カレンダーはつい先日めくったばかり。
他のページよりもちょっとだけ間延びして見える2月。
そして、今日は2月の3日。
いわゆる節分という奴だ。
行事ごとにうるさいわけでもないけれど、何かにつけて遊べることが嬉しかった幼少期からの習慣で今も欠かさず行っている。
由来を加味した信心深いものではなくて、日々の息抜き程度のあれだ。
この家では毎年じゃんけんをする。
その年の『鬼』を公平に決めるのだ。
どちらかだけがずっと鬼役だなんて不公平だろ?
だからこれはお互いの折衷案なのだ。
「じゃいくよ?」
「はい」
「最初はグー」
「じゃんけん・・・・・・」
「「ポン!」」
鬼さんこちら
向かい合わせになって突き出した手は僕がパー、ピンがチョキ。
今年の結果にご満悦なのか、ピンが嬉しそうに笑みをこぼした。
「えっへへ!私の勝ち!」
「じゃ、今年は僕が鬼役ね」
「早速升の準備しなくっちゃ!去年どこ片づけたかなー?」
日頃の~鬱憤を~投げつけろ~♪鬼は~全力で~追い出すぞ~♪なんていう凄く音痴な自作の歌を口ずさみながら台所に消えてしまった。
・・・・・・歌詞の内容については、敢えて触れないでおこう・・・・・・。
片づけに関して、僕はとんと関与していないので一緒に台所に行っても邪魔になるだけと自己判断した。
この隙に僕もいろいろと準備しておこう。
ガチャガチャと音を立てている台所を後目に、一度僕は自室に戻った。
そう。
準備がいるのだ。
いろいろと。いろいろと、ね。
□■□
準備を終えてリビングに戻った。
とうに升を発掘したらしいピンが炒り大豆を移し換えている。
「ヒバリさん、お豆ってテーブルの上にあった奴でいいんですよね?」
「うん。二つあったでしょ?一つは食べる用ね」
「ハーイ」
いくつかこぼしてリビングテーブルに転がった奴を盗み食いしているのが見えたけど、大目に見てやることにしよう。
ピンが食い意地張っているのはいつものことだ。
「よし!」なんて大げさな声を上げてそちらも準備ができたことを知らせた。
ここで、初めてピンがこちらを振り返る。
「・・・・・・え?」
予想通りというか、何というか。
一瞬目を丸くして。
それからゴシゴシ目を擦って目の前のコレが幻ではないかと疑い出す。
しかし、残念ながら現実だ。
僕を凝視してきっかり5秒後。
ぷっ!とピンが吹き出した。
「~っ!っ、ぁはははっ!!何ですかその格好~!!」
「・・・・・・それだけ喜んで貰えると着た甲斐があるね」
「だって・・・・・・だってぇ~、あはははっ!!」
お腹を抱えだしたピンは、仕舞には笑いすぎてひーひー言い出した。
なにかしら反応はあると思っていたけど、これはこれで笑いすぎじゃないだろうか?
「どーしたんですかそれ!・・・・・・っぷ」
「作ったの。ピンが好きだろうと思って」
ちなみに。
今の僕の格好というのは、いわゆる『鬼のパンツ』と言われる虎柄のハーフパンツ一枚。
おまけとばかりに、頭には鬼の角まで付けている出血大サービス。
・・・・・・アフロは付けてないよ。
想像した奴は正直に申し出な。
僕が直々に咬み殺してあげるから。
「てゆーか笑いすぎ」
「だってぇ~!」
「ほら、いつまでも笑ってないで早く豆まきしようよ。結構寒いんだから」
「は~い」
いくら暖房を利かせていても季節は2月、冬。
ハーフパンツ一枚は寒い。
主に上半身が、寒い。
「では、・・・・・・ぷぷっ、気を取り直して・・・・・・」
全然気を取り直していない。
笑いを堪え切れていない。
・・・・・・いつまで笑っていられるか、見物だけど。
「おには~そと~!」
升を片手に、数粒掴んで投げつける。
・・・・・・結構容赦ない・・・・・・。
小さな豆粒だって勢いつけばわりと痛い。
しかもこちらは上半身無防備というハンデ付きだ。
さっき口ずさんでいたのは、意外と本音だったのか?
「ふくは~うち~!」
今度は足下にパラリと撒いた。
再び升に手を伸ばす。
「おには~、・・・・・・へ?」
全力で投げつけるために振りかぶった手を、がっしりホールド。
「・・・・・・ヒバリ、さん?」
「いつも思ってたんだけどさ」
一遍投げつけさせてやったんだから、もういいよね?
「鬼がなにもせずに一方的に追い出されるって、理不尽だよね?」
こんな格好してあげてるんだし、僕だって楽しんでいいよね?
「だって、そういうものじゃないですか」
「やられたらやり返すのが普通だと思わない?」
「え?あの、ちょっと?ヒバリさん?」
ピンの顔に不安の色が走った。
たぶんその反応は、正解だ。
「だからさ、鬼も反撃に出ようと思うんだ」
にっこり。
僕が笑うと、対照的にピンの顔はひきつった。
「お、お、お、お、おにはぁそとぉぉぉぉっ!!!」
升ごと投げつけようとしたもう一方の手も掴みあげる。
これを投げられたら流石に怪我をしそうだ。
「はい。次は?」
「う、うぁ、あぁぁ、ぁ・・・・・・」
「じゃ、鬼の番ね」
「いやっ!やだっやだっ!!離してよ!!」
「一方的に追い出そうとしてるくせに虫のいい話だよね」
「うるさいっ!ばか!ばかぁっ!」
ばたばた暴れるピンだけど、力で負けるつもりはこれっぽっちもない。
手にしていた升を手首のスナップだけで投げてきた。
勢いは無いから当たってもそれほど痛くない。
バシャ!と音を立てて中に入っていた炒り豆が床に散乱した。
これでピンの攻撃手段は早くも尽きてしまった。
では、本格的に鬼の番。
「鬼って、人間を食べるんだっけ?」
知らないっ!とまくし立てるピンを無視して体をグイと引き寄せる。
嫌々と体を捩るけれど、寄せてしまえばこちらのものだ。
両の腕を掴んだまま首筋に顔を埋め、甘噛み。
「っ!?!?!?」
声にならない悲鳴。
色気の欠片も無い。
でも、この初な反応が楽しい。
すぐ目の前にある耳が真っ赤になった。
耳だけじゃない。
顔も真っ赤になっている。
まるで赤鬼のようじゃないか。
心の中でそっと笑った。
「顔真っ赤」
素知らぬ言葉を掛ければ罵倒が飛んでくる。
「誰のせいだとっ!!」
「鬼を追い出しきれなかった君のせいに決まってるだろ?」
自分の力無いことを他人のせいなどにしてはいけない。
全ては自己責任だ。
でも、そんな君は見ていて危なっかしい。
はらはらさせられる。
それに、人を食らう趣味なんて無い。
だから、これは取引だ。
「追い出さないでくれるなら、僕が守ってあげるよ」
僕が、他の鬼なんて返り討ちにしてあげる。
厄災から君を守ってあげる。
「さぁ、どうする?」
「・・・・・・そんな話聞いたこともないです・・・・・・」
「双方の実害と利益を考慮した最善策だよ。それで?君の答えは?」
「お断りした場合は・・・・・・?」
「残念だけど咬み殺さざるを得ないね。でも正当防衛だから罪にはならない」
「・・・・・・虫がいいのはどっちですか・・・・・・」
「はい。あと5秒。4。3。2。1」
うぅぅ・・・・・・、と低く泣き声を漏らした。
「・・・・・・鬼さん、よろしくお願いします」
「了解」
掴んでいた腕を放し、代わりに背中に回して抱き寄せた。
抱きしめた体は暖かくて。
鬼は寒さからようやく解放された。
ヒバピン義兄妹パロ、節分編でした。
義兄妹になるとヒバリさんがいつも以上にやりたい放題になる傾向があります。
ピンが好き過ぎるんですね。わかります。
自重せずにもっとやれ!
2011/02/02
「ふぇ?」
リビングでくつろいでいたピンが間抜けな声を上げた。
脈絡無く所望した「じゃんけん」の意味がわからなかったんだろう。
「節分」
「あ、そっか~。もうそんな時期か~」
壁のカレンダーに目をやって、ようやく意味を理解したらしい。
カレンダーはつい先日めくったばかり。
他のページよりもちょっとだけ間延びして見える2月。
そして、今日は2月の3日。
いわゆる節分という奴だ。
行事ごとにうるさいわけでもないけれど、何かにつけて遊べることが嬉しかった幼少期からの習慣で今も欠かさず行っている。
由来を加味した信心深いものではなくて、日々の息抜き程度のあれだ。
この家では毎年じゃんけんをする。
その年の『鬼』を公平に決めるのだ。
どちらかだけがずっと鬼役だなんて不公平だろ?
だからこれはお互いの折衷案なのだ。
「じゃいくよ?」
「はい」
「最初はグー」
「じゃんけん・・・・・・」
「「ポン!」」
鬼さんこちら
向かい合わせになって突き出した手は僕がパー、ピンがチョキ。
今年の結果にご満悦なのか、ピンが嬉しそうに笑みをこぼした。
「えっへへ!私の勝ち!」
「じゃ、今年は僕が鬼役ね」
「早速升の準備しなくっちゃ!去年どこ片づけたかなー?」
日頃の~鬱憤を~投げつけろ~♪鬼は~全力で~追い出すぞ~♪なんていう凄く音痴な自作の歌を口ずさみながら台所に消えてしまった。
・・・・・・歌詞の内容については、敢えて触れないでおこう・・・・・・。
片づけに関して、僕はとんと関与していないので一緒に台所に行っても邪魔になるだけと自己判断した。
この隙に僕もいろいろと準備しておこう。
ガチャガチャと音を立てている台所を後目に、一度僕は自室に戻った。
そう。
準備がいるのだ。
いろいろと。いろいろと、ね。
□■□
準備を終えてリビングに戻った。
とうに升を発掘したらしいピンが炒り大豆を移し換えている。
「ヒバリさん、お豆ってテーブルの上にあった奴でいいんですよね?」
「うん。二つあったでしょ?一つは食べる用ね」
「ハーイ」
いくつかこぼしてリビングテーブルに転がった奴を盗み食いしているのが見えたけど、大目に見てやることにしよう。
ピンが食い意地張っているのはいつものことだ。
「よし!」なんて大げさな声を上げてそちらも準備ができたことを知らせた。
ここで、初めてピンがこちらを振り返る。
「・・・・・・え?」
予想通りというか、何というか。
一瞬目を丸くして。
それからゴシゴシ目を擦って目の前のコレが幻ではないかと疑い出す。
しかし、残念ながら現実だ。
僕を凝視してきっかり5秒後。
ぷっ!とピンが吹き出した。
「~っ!っ、ぁはははっ!!何ですかその格好~!!」
「・・・・・・それだけ喜んで貰えると着た甲斐があるね」
「だって・・・・・・だってぇ~、あはははっ!!」
お腹を抱えだしたピンは、仕舞には笑いすぎてひーひー言い出した。
なにかしら反応はあると思っていたけど、これはこれで笑いすぎじゃないだろうか?
「どーしたんですかそれ!・・・・・・っぷ」
「作ったの。ピンが好きだろうと思って」
ちなみに。
今の僕の格好というのは、いわゆる『鬼のパンツ』と言われる虎柄のハーフパンツ一枚。
おまけとばかりに、頭には鬼の角まで付けている出血大サービス。
・・・・・・アフロは付けてないよ。
想像した奴は正直に申し出な。
僕が直々に咬み殺してあげるから。
「てゆーか笑いすぎ」
「だってぇ~!」
「ほら、いつまでも笑ってないで早く豆まきしようよ。結構寒いんだから」
「は~い」
いくら暖房を利かせていても季節は2月、冬。
ハーフパンツ一枚は寒い。
主に上半身が、寒い。
「では、・・・・・・ぷぷっ、気を取り直して・・・・・・」
全然気を取り直していない。
笑いを堪え切れていない。
・・・・・・いつまで笑っていられるか、見物だけど。
「おには~そと~!」
升を片手に、数粒掴んで投げつける。
・・・・・・結構容赦ない・・・・・・。
小さな豆粒だって勢いつけばわりと痛い。
しかもこちらは上半身無防備というハンデ付きだ。
さっき口ずさんでいたのは、意外と本音だったのか?
「ふくは~うち~!」
今度は足下にパラリと撒いた。
再び升に手を伸ばす。
「おには~、・・・・・・へ?」
全力で投げつけるために振りかぶった手を、がっしりホールド。
「・・・・・・ヒバリ、さん?」
「いつも思ってたんだけどさ」
一遍投げつけさせてやったんだから、もういいよね?
「鬼がなにもせずに一方的に追い出されるって、理不尽だよね?」
こんな格好してあげてるんだし、僕だって楽しんでいいよね?
「だって、そういうものじゃないですか」
「やられたらやり返すのが普通だと思わない?」
「え?あの、ちょっと?ヒバリさん?」
ピンの顔に不安の色が走った。
たぶんその反応は、正解だ。
「だからさ、鬼も反撃に出ようと思うんだ」
にっこり。
僕が笑うと、対照的にピンの顔はひきつった。
「お、お、お、お、おにはぁそとぉぉぉぉっ!!!」
升ごと投げつけようとしたもう一方の手も掴みあげる。
これを投げられたら流石に怪我をしそうだ。
「はい。次は?」
「う、うぁ、あぁぁ、ぁ・・・・・・」
「じゃ、鬼の番ね」
「いやっ!やだっやだっ!!離してよ!!」
「一方的に追い出そうとしてるくせに虫のいい話だよね」
「うるさいっ!ばか!ばかぁっ!」
ばたばた暴れるピンだけど、力で負けるつもりはこれっぽっちもない。
手にしていた升を手首のスナップだけで投げてきた。
勢いは無いから当たってもそれほど痛くない。
バシャ!と音を立てて中に入っていた炒り豆が床に散乱した。
これでピンの攻撃手段は早くも尽きてしまった。
では、本格的に鬼の番。
「鬼って、人間を食べるんだっけ?」
知らないっ!とまくし立てるピンを無視して体をグイと引き寄せる。
嫌々と体を捩るけれど、寄せてしまえばこちらのものだ。
両の腕を掴んだまま首筋に顔を埋め、甘噛み。
「っ!?!?!?」
声にならない悲鳴。
色気の欠片も無い。
でも、この初な反応が楽しい。
すぐ目の前にある耳が真っ赤になった。
耳だけじゃない。
顔も真っ赤になっている。
まるで赤鬼のようじゃないか。
心の中でそっと笑った。
「顔真っ赤」
素知らぬ言葉を掛ければ罵倒が飛んでくる。
「誰のせいだとっ!!」
「鬼を追い出しきれなかった君のせいに決まってるだろ?」
自分の力無いことを他人のせいなどにしてはいけない。
全ては自己責任だ。
でも、そんな君は見ていて危なっかしい。
はらはらさせられる。
それに、人を食らう趣味なんて無い。
だから、これは取引だ。
「追い出さないでくれるなら、僕が守ってあげるよ」
僕が、他の鬼なんて返り討ちにしてあげる。
厄災から君を守ってあげる。
「さぁ、どうする?」
「・・・・・・そんな話聞いたこともないです・・・・・・」
「双方の実害と利益を考慮した最善策だよ。それで?君の答えは?」
「お断りした場合は・・・・・・?」
「残念だけど咬み殺さざるを得ないね。でも正当防衛だから罪にはならない」
「・・・・・・虫がいいのはどっちですか・・・・・・」
「はい。あと5秒。4。3。2。1」
うぅぅ・・・・・・、と低く泣き声を漏らした。
「・・・・・・鬼さん、よろしくお願いします」
「了解」
掴んでいた腕を放し、代わりに背中に回して抱き寄せた。
抱きしめた体は暖かくて。
鬼は寒さからようやく解放された。
ヒバピン義兄妹パロ、節分編でした。
義兄妹になるとヒバリさんがいつも以上にやりたい放題になる傾向があります。
ピンが好き過ぎるんですね。わかります。
自重せずにもっとやれ!
2011/02/02
PR
右頬のすぐ側を風が凪いだ。
ビリビリとした痛みを覚えるほどの近距離。
物理的ではない衝撃に体が後退しそうになる。
「ひるむなっ!そのまま突っ込めっ!!」
「っ・・・!」
萎縮しかけた体に鞭打つ声。
勝手なこと言うなよ!と心の中で文句を垂れた。
声に出なかったのは、そんな余裕が微塵もなかったからだ。
余分な空気を吐き出す余力も、暇も無い。
目線一つ、目の前の相手から外すことができない。
そのような隙を見せれば、自分など殴られたことを認識する間もなく地面と熱い口づけを交わすことになる。
「っぁっ!!!」
気合いなのか、ただの呼気なのか、自分にもわからない。
中途半端な音を口から漏らし、無理矢理地面を蹴る。
同時に、自分の握る獲物を前に突き出した。
「!?」
元々間合いの一歩内まで迫っていた距離が一気にゼロ距離に縮まった。
その近距離からの突き。
踏み込みの加速も相まって、回避の暇などあるはずがない。
「っ・・・・・・ぐっ、は・・・・・・っ!?」
獲物が相手の鎖骨下を的確に撃つ。
自分よりも軽く一回りは大きい相手が、面白いように後方にすっ飛んでいった。
「・・・・・・っは!・・・・・・っは!」
突き出した姿勢のまま、僕の体は動かない。
荒い呼吸でわずかに上下する程度だ。
こんなに急速に息を吸い込んでいるのに、全然呼吸が整わない。
指先が酸欠した時のようにピリピリしている。
(・・・・・・違う・・・・・・)
体は限界だというのに、頭の中はひどく冷静だった。
違う。
違う。
これは酸欠なんかじゃない。
(やったんだ・・・・・・)
歓喜だ。
体中の細胞が、興奮しているんだ。
「・・・・・・やった・・・・・・」
吐息のようにぽろり、言葉が漏れ出る。
カラン、握っていた棍棒が手の中からこぼれ落ちた。
「・・・・・・っ、たたた・・・・・・。クソ・・・・・・手加減無くぶち込みやがって・・・・・・」
「あ、ごめん」
慌ててすっ飛んでいった相手に手を伸ばした。
幸い、というかなんというか、致命傷には至っていない。
それもそのはず。
彼はバンパイアだ。
僕とは違う完全なバンパイア。
棍棒の打撃一撃で死ぬような柔な作りはしていない。
「謝る必要があるか」
僕たちの後方から声がかかる。
「バネズ」
バンパイア・マウンテンのゲームズマスターにして僕の師匠でもあるバネズ・ブレーンだ。
随分昔に両目から光を失っているが、まるでちゃんと見えているかのように迷いない足取りでこちらに歩み寄ってくる。
「・・・・・・半バンパイア相手に一撃でやられるとは情けないな」
「そうはいっても、ダリウスの奴確実に強くなってるんですからハンデ有りはきついですよ」
「だからお前の修行にもなるんだろうが」
「ですが・・・・・・」
「文句を言うな。負けたからには訓練追加だ。打ち込み200セットやってこい」
「はいはい。わかりましたよ。ったく、教官は厳しくていけねぇ」
「口答えがあるならプラス100セットでもいいぞ?」
「っ!遠慮しますっ!!」
弾かれたような勢いで、奥の訓練室に行ってしまった。
僕はと言えば、伸ばした手のやり場が無くて無意味に握ったり開いたりをしていた。
「・・・・・・何してるんだ?」
「あ、いや・・・・・・」
恥ずかしくなって手を引っ込める。
別にしたくてしていたわけじゃない。
「それはそうと、よくやったな。ダリウス」
「へ?」
「腑抜けた声を出すな。あいつから一本取れたの初めてだろう?もっと喜べ」
「・・・・・・うん・・・・・・」
未だ指先が興奮を覚えている。
ふつふつと、胸の奥底から歓喜が沸き上がってくるのがわかる。
着実に強くなっている。
それが実感できることが素直に嬉しい。
「流石、俺の弟子だな」
バネズの大きな手が、僕の頭を遠慮無く撫でた。
表現としては『かき回した』という方が正確かもしれないけれど。
わしゃわしゃ、と。
その動きでバネズがどれだけ嬉しく思っているのかがこちらにまで伝わってくる。
自分のことのように喜ぶバネズに、僕はちょっとだけ気恥ずかしくなり、ちょっとだけ誇らしい気持ちになった。
不意に。
いつだったか、同じような気持ちになったことを思い出す。
いつのことだろう。
バネズに手放して誉められた記憶は余り無い。
もっと、ずっと昔だ。
僕が、半バンパイアになる前。
人間だった頃。
・・・・・・いや、半バンパニーズだった頃。
『流石、俺の息子だ』
心底嬉しそうに、僕の頭を撫でる大きな手。
僕が教えを学べば学んだだけ、誉めてくれた。
凄いぞ、偉いぞ、そう言って僕を喜ばせた。
僕が喜ぶことは、パパも喜ぶこと。
その感情を、疑おうなどとは一度たりとも思わなかった。
人間のために戦うパパは誇りだった。
息子であることが誇らしかった。
この人のためなら何でもできる。
そう思った。
パパだから、愛してくれるのだと。
パパだから、愛しているのだと。
そう、思っていた。
けれど、今、僕の記憶の中でパパは醜く笑ってる。
バカな息子を、あざ笑ってる。
使えない奴だと、罵っている。
僕をただの道具としてしか見ていない。
優しく笑ったふりをして、その目は温度を宿していない。
今になればよくわかる。
パパは、僕を騙そうとしている。
都合のいい言葉だけを巧みに選んで僕をどこかに誘導する。
最後の最後で劇的に突き落とすために、行き先は最後まで明かさない。
「とてもいいところだよ」なんて嘘を平気な顔して言ってのける。
その実、絶望に歪む顔が見たいと心の奥底で叫んでいる。
酷いパパ。
冷たいパパ。
同じ年頃の子供を、あっさりと殺した恐ろしいパパ。
きっとあのまま生きていたら、僕も同じように殺されたんだ。
僕は道具。
ダレンおじさんを苦しめるための、ただの道具。
役目が終われば、捨てられるだけの運命。
壊れた玩具をゴミ箱に投げ入れるような気軽さで、僕の命を簡単に奪うんだ。
「・・・・・・ダリウス・・・・・・?」
この人も?
この人もそうなの?
僕を、道具としか見ていないの?
その笑顔の下で、僕のことをバカにしているの?
いつか、僕を裏切るの?
「・・・・・・やめてよ・・・・・・」
「ん?」
「・・・・・・子供じゃないんだから、いちいち頭なんか撫でないでよ!」
「お、おぉ。悪いな」
頭の上の手が退けられた。
目頭が熱い。
堪えているものが、溢れだしてしまいそうだ。
「今日はもう訓練終わりでいいでしょ」
「あ~、そうだな。今日はこれくらいにしておくか」
「じゃ、僕疲れたから部屋に戻るね」
零れる前にバネズの前を離れたかった。
盲目の癖して察しがいいんだ。
呼び止められる前に、僕は駆けだした。
「お!おい!?ダリウスっ!?」
呼ぶ声は、もう遠い。
振り返らずに僕は走る。
イヤだ、いやだ、聞きたくない。
信じたくない。
期待したくない。
傷つくだけなのだから。
もっと多くの人を、傷つけるだけなのだから。
心を許しちゃいけないんだ。
優しさを、鵜呑みになんてしちゃいけないんだ。
わかってる。
わかってるつもり。
なのに。
『よくやったな。ダリウス』
頭の上の暖かな温度を、僕は確かに覚えていた。
reminder
複雑心境のダリウス。
スティーブの過去の所業がダリウスを苦しめているんだぜ。
バネズは完全にとばっちりですwww
こちらはついったで提供していただいたネタを元にしています。
揚羽さんネタ提供ありがとうございます!
(ネタ→頭撫でられると嬉しいけどスティのこと思い出して
複雑な表情になっちゃうダリウス、でした)
2011/02/01
ビリビリとした痛みを覚えるほどの近距離。
物理的ではない衝撃に体が後退しそうになる。
「ひるむなっ!そのまま突っ込めっ!!」
「っ・・・!」
萎縮しかけた体に鞭打つ声。
勝手なこと言うなよ!と心の中で文句を垂れた。
声に出なかったのは、そんな余裕が微塵もなかったからだ。
余分な空気を吐き出す余力も、暇も無い。
目線一つ、目の前の相手から外すことができない。
そのような隙を見せれば、自分など殴られたことを認識する間もなく地面と熱い口づけを交わすことになる。
「っぁっ!!!」
気合いなのか、ただの呼気なのか、自分にもわからない。
中途半端な音を口から漏らし、無理矢理地面を蹴る。
同時に、自分の握る獲物を前に突き出した。
「!?」
元々間合いの一歩内まで迫っていた距離が一気にゼロ距離に縮まった。
その近距離からの突き。
踏み込みの加速も相まって、回避の暇などあるはずがない。
「っ・・・・・・ぐっ、は・・・・・・っ!?」
獲物が相手の鎖骨下を的確に撃つ。
自分よりも軽く一回りは大きい相手が、面白いように後方にすっ飛んでいった。
「・・・・・・っは!・・・・・・っは!」
突き出した姿勢のまま、僕の体は動かない。
荒い呼吸でわずかに上下する程度だ。
こんなに急速に息を吸い込んでいるのに、全然呼吸が整わない。
指先が酸欠した時のようにピリピリしている。
(・・・・・・違う・・・・・・)
体は限界だというのに、頭の中はひどく冷静だった。
違う。
違う。
これは酸欠なんかじゃない。
(やったんだ・・・・・・)
歓喜だ。
体中の細胞が、興奮しているんだ。
「・・・・・・やった・・・・・・」
吐息のようにぽろり、言葉が漏れ出る。
カラン、握っていた棍棒が手の中からこぼれ落ちた。
「・・・・・・っ、たたた・・・・・・。クソ・・・・・・手加減無くぶち込みやがって・・・・・・」
「あ、ごめん」
慌ててすっ飛んでいった相手に手を伸ばした。
幸い、というかなんというか、致命傷には至っていない。
それもそのはず。
彼はバンパイアだ。
僕とは違う完全なバンパイア。
棍棒の打撃一撃で死ぬような柔な作りはしていない。
「謝る必要があるか」
僕たちの後方から声がかかる。
「バネズ」
バンパイア・マウンテンのゲームズマスターにして僕の師匠でもあるバネズ・ブレーンだ。
随分昔に両目から光を失っているが、まるでちゃんと見えているかのように迷いない足取りでこちらに歩み寄ってくる。
「・・・・・・半バンパイア相手に一撃でやられるとは情けないな」
「そうはいっても、ダリウスの奴確実に強くなってるんですからハンデ有りはきついですよ」
「だからお前の修行にもなるんだろうが」
「ですが・・・・・・」
「文句を言うな。負けたからには訓練追加だ。打ち込み200セットやってこい」
「はいはい。わかりましたよ。ったく、教官は厳しくていけねぇ」
「口答えがあるならプラス100セットでもいいぞ?」
「っ!遠慮しますっ!!」
弾かれたような勢いで、奥の訓練室に行ってしまった。
僕はと言えば、伸ばした手のやり場が無くて無意味に握ったり開いたりをしていた。
「・・・・・・何してるんだ?」
「あ、いや・・・・・・」
恥ずかしくなって手を引っ込める。
別にしたくてしていたわけじゃない。
「それはそうと、よくやったな。ダリウス」
「へ?」
「腑抜けた声を出すな。あいつから一本取れたの初めてだろう?もっと喜べ」
「・・・・・・うん・・・・・・」
未だ指先が興奮を覚えている。
ふつふつと、胸の奥底から歓喜が沸き上がってくるのがわかる。
着実に強くなっている。
それが実感できることが素直に嬉しい。
「流石、俺の弟子だな」
バネズの大きな手が、僕の頭を遠慮無く撫でた。
表現としては『かき回した』という方が正確かもしれないけれど。
わしゃわしゃ、と。
その動きでバネズがどれだけ嬉しく思っているのかがこちらにまで伝わってくる。
自分のことのように喜ぶバネズに、僕はちょっとだけ気恥ずかしくなり、ちょっとだけ誇らしい気持ちになった。
不意に。
いつだったか、同じような気持ちになったことを思い出す。
いつのことだろう。
バネズに手放して誉められた記憶は余り無い。
もっと、ずっと昔だ。
僕が、半バンパイアになる前。
人間だった頃。
・・・・・・いや、半バンパニーズだった頃。
『流石、俺の息子だ』
心底嬉しそうに、僕の頭を撫でる大きな手。
僕が教えを学べば学んだだけ、誉めてくれた。
凄いぞ、偉いぞ、そう言って僕を喜ばせた。
僕が喜ぶことは、パパも喜ぶこと。
その感情を、疑おうなどとは一度たりとも思わなかった。
人間のために戦うパパは誇りだった。
息子であることが誇らしかった。
この人のためなら何でもできる。
そう思った。
パパだから、愛してくれるのだと。
パパだから、愛しているのだと。
そう、思っていた。
けれど、今、僕の記憶の中でパパは醜く笑ってる。
バカな息子を、あざ笑ってる。
使えない奴だと、罵っている。
僕をただの道具としてしか見ていない。
優しく笑ったふりをして、その目は温度を宿していない。
今になればよくわかる。
パパは、僕を騙そうとしている。
都合のいい言葉だけを巧みに選んで僕をどこかに誘導する。
最後の最後で劇的に突き落とすために、行き先は最後まで明かさない。
「とてもいいところだよ」なんて嘘を平気な顔して言ってのける。
その実、絶望に歪む顔が見たいと心の奥底で叫んでいる。
酷いパパ。
冷たいパパ。
同じ年頃の子供を、あっさりと殺した恐ろしいパパ。
きっとあのまま生きていたら、僕も同じように殺されたんだ。
僕は道具。
ダレンおじさんを苦しめるための、ただの道具。
役目が終われば、捨てられるだけの運命。
壊れた玩具をゴミ箱に投げ入れるような気軽さで、僕の命を簡単に奪うんだ。
「・・・・・・ダリウス・・・・・・?」
この人も?
この人もそうなの?
僕を、道具としか見ていないの?
その笑顔の下で、僕のことをバカにしているの?
いつか、僕を裏切るの?
「・・・・・・やめてよ・・・・・・」
「ん?」
「・・・・・・子供じゃないんだから、いちいち頭なんか撫でないでよ!」
「お、おぉ。悪いな」
頭の上の手が退けられた。
目頭が熱い。
堪えているものが、溢れだしてしまいそうだ。
「今日はもう訓練終わりでいいでしょ」
「あ~、そうだな。今日はこれくらいにしておくか」
「じゃ、僕疲れたから部屋に戻るね」
零れる前にバネズの前を離れたかった。
盲目の癖して察しがいいんだ。
呼び止められる前に、僕は駆けだした。
「お!おい!?ダリウスっ!?」
呼ぶ声は、もう遠い。
振り返らずに僕は走る。
イヤだ、いやだ、聞きたくない。
信じたくない。
期待したくない。
傷つくだけなのだから。
もっと多くの人を、傷つけるだけなのだから。
心を許しちゃいけないんだ。
優しさを、鵜呑みになんてしちゃいけないんだ。
わかってる。
わかってるつもり。
なのに。
『よくやったな。ダリウス』
頭の上の暖かな温度を、僕は確かに覚えていた。
reminder
複雑心境のダリウス。
スティーブの過去の所業がダリウスを苦しめているんだぜ。
バネズは完全にとばっちりですwww
こちらはついったで提供していただいたネタを元にしています。
揚羽さんネタ提供ありがとうございます!
(ネタ→頭撫でられると嬉しいけどスティのこと思い出して
複雑な表情になっちゃうダリウス、でした)
2011/02/01
「そういえば、だが」
何の脈絡もなく、バンチャが話を切りだした。
それはいつものことで。
今更どうこう言うつもりもない。
瞳の潰れた顔を向けたところで何が変わるわけでもないが
、雰囲気のためにそちらに振り返った。
「なんでお前はダリウスに血を注いでやらないんだ?」
「ダリウスはもう半バンパイアですが?」
バンチャはその場に居合わせている。
知らないはずがない。
「そういう意味じゃない」
「・・・・・・といいますと?」
「決まりが悪いだろ」
「・・・・・・」
「別に、弟子は必ず師から血を流し込まれなければいけない、なんて掟はないがほとんど通例になっている。バネズはあいつの境遇を知っているだろう?ダリウスに不憫な思いをさせるな」
言われ無くとも。
できるなら、そうしてしまいたい。
自分の血を流し込んで、きちんと、はっきりと、あいつは俺の弟子なんだと公言したい。
だが、それはできない。
してはいけない。
約束したんだ。
あいつと。
「・・・・・・頼まれたんですよ。血を流し込まないでくれって・・・・・・」
「誰にだ?」
そんなことを言う奴は俺がとっちめてやる、とでも言いたげな顔をしていることだろう。
まったく、この人は何十年経っても変わらない。
感情を殺すなんて言葉を知らない。
見ていて気持ちがいいほど己の感情に正直な人だ。
残念なのは俺がその顔を、もう見れないということだ。
「ダリウス本人に、ですよ。バンチャ元帥」
あぁ、今度は鳩が豆鉄砲食らったように驚いた顔をしていることだろう。
きっと愉快な顔を晒しているに違いない。
それを見れないのは、残念だ。
□■□
ダリウスとその話をしたのは、本当に出逢ってすぐのことだ。
正式に、というのもおかしな話だが俺はダリウスの師としてこれから指導していくことが元帥閣下から言い渡された。
部屋に引っ込んでから、ダリウスが何か言いたそうにこちらを伺ってきた。
「・・・・・・ね、バネズ」
「ん?どうした?」
「僕、このままじゃだめかな」
「何がだ」
「・・・・・・みんながさ、大抵は師に血を流し込んでもらうもんだ、って・・・・・・」
「俺が師匠だなんてまだ認められないか?」
「そうじゃないよ。そういうことじゃなくて、さ・・・・・・」
もごもごと。
言いにくそうに、口ごもらせる。
「・・・・・・血を流したら、完全なバンパイアになるのが早くなるって聞いたから・・・・・・、だから・・・・・・」
「なんだ、人間に未練でもあるのか?」
確かに、完全なバンパイアになれば日の光に当たれなくなる。
圧倒的な能力を得る反面、他にもいろいろと制限を受ける事項が増える。
それを嫌がって自然純化を望むバンパイアも少なくはなかった。
だが、ダリウスははっきりと首を横に振った。
「違う。未練があるんじゃないよ。未練はない。バンパイアになれたことは誇りに思ってる」
「ならなんで半バンパイアのままがいいんだ?」
「・・・・・・体の成長が、遅くなるんでしょ・・・・・・?」
「うん?」
「半バンパイアでも5年に1歳分、バンパイアなら10年に1歳しか年を取らないって聞いたよ」
「まぁ、確かにその通りだが・・・・・・」
それが今更なんだ。
未練はないんじゃないのか?
だが、ダリウスの回答は俺の予想を遙かにぶっちぎったものだった。
「そんなの、ママが可哀想だよ・・・・・・。ずっと一人で頑張ってきたママを、本当に一人にしちゃって・・・・・・。その上、僕だけこのままなんて・・・・・・」
肩を震わせている。
「いつかママに逢ったとき、このまま成長していない僕を見たらきっとがっかりする。僕が子供だなんてきっと認めてくれない」
・・・・・・わかった。
「僕だって、見せてあげたい。パパくらい身長が大きくなって、僕がママを守ってあげるんだって、言ってあげたい」
こいつは、心優しすぎる。
「だから・・・・・・、だから・・・・・・。少しでもいいから体を成長させたいんだ・・・・・・」
おおよそ、バンパイアにもバンパニーズにも似つかわしくないほどに。
「だから、今は血を流して欲しくない・・・・・・」
「わかった」
それだけの決意があるのを、どうして踏みにじるなんてことができるだろうか。
「血を流すのは通例だ。別に、絶対にしなくちゃいけない訳じゃない。お前の中には、もう立派にバンパイアの血が流れている。ダレンの血が、ちゃんと流れている。そうだろう?」
「・・・・・・うん」
ダリウスが自分の心臓のあたりをギュッと掴んだ。
その上に、俺は手を重ねる。
「それを大切に守ってやれ。お前の成長を、ダレンが生きていた証を『ママ』に見せてやれ」
「うん・・・・・・っ!」
血を流したくないのは俺のエゴでもある。
あいつらの存在を、かけらでもこの世に残してやりたかった。
何一つ残さずに逝ってしまったあいつらを思い出す、唯一だったから。
例え数年後、もしくは数十年後、血を流し込まなかったことを後悔する日があるかもしれない。
形ばかりの関係に、お互い心を痛める日が来るかもしれない。
けれど、その傷こそが俺とダリウスの師弟の証。
同じ痛みが、俺たちを結びつけている。
Painfully
傷師弟の『傷』は
何もバネズの物理的な傷だけを指しているのではなく
二人が共有する『捏造師弟』としての『傷・痛み』を
包括して傷師弟と命名しました。
まぁそんな自己満設定の説明小話。
2011/01/30
何の脈絡もなく、バンチャが話を切りだした。
それはいつものことで。
今更どうこう言うつもりもない。
瞳の潰れた顔を向けたところで何が変わるわけでもないが
、雰囲気のためにそちらに振り返った。
「なんでお前はダリウスに血を注いでやらないんだ?」
「ダリウスはもう半バンパイアですが?」
バンチャはその場に居合わせている。
知らないはずがない。
「そういう意味じゃない」
「・・・・・・といいますと?」
「決まりが悪いだろ」
「・・・・・・」
「別に、弟子は必ず師から血を流し込まれなければいけない、なんて掟はないがほとんど通例になっている。バネズはあいつの境遇を知っているだろう?ダリウスに不憫な思いをさせるな」
言われ無くとも。
できるなら、そうしてしまいたい。
自分の血を流し込んで、きちんと、はっきりと、あいつは俺の弟子なんだと公言したい。
だが、それはできない。
してはいけない。
約束したんだ。
あいつと。
「・・・・・・頼まれたんですよ。血を流し込まないでくれって・・・・・・」
「誰にだ?」
そんなことを言う奴は俺がとっちめてやる、とでも言いたげな顔をしていることだろう。
まったく、この人は何十年経っても変わらない。
感情を殺すなんて言葉を知らない。
見ていて気持ちがいいほど己の感情に正直な人だ。
残念なのは俺がその顔を、もう見れないということだ。
「ダリウス本人に、ですよ。バンチャ元帥」
あぁ、今度は鳩が豆鉄砲食らったように驚いた顔をしていることだろう。
きっと愉快な顔を晒しているに違いない。
それを見れないのは、残念だ。
□■□
ダリウスとその話をしたのは、本当に出逢ってすぐのことだ。
正式に、というのもおかしな話だが俺はダリウスの師としてこれから指導していくことが元帥閣下から言い渡された。
部屋に引っ込んでから、ダリウスが何か言いたそうにこちらを伺ってきた。
「・・・・・・ね、バネズ」
「ん?どうした?」
「僕、このままじゃだめかな」
「何がだ」
「・・・・・・みんながさ、大抵は師に血を流し込んでもらうもんだ、って・・・・・・」
「俺が師匠だなんてまだ認められないか?」
「そうじゃないよ。そういうことじゃなくて、さ・・・・・・」
もごもごと。
言いにくそうに、口ごもらせる。
「・・・・・・血を流したら、完全なバンパイアになるのが早くなるって聞いたから・・・・・・、だから・・・・・・」
「なんだ、人間に未練でもあるのか?」
確かに、完全なバンパイアになれば日の光に当たれなくなる。
圧倒的な能力を得る反面、他にもいろいろと制限を受ける事項が増える。
それを嫌がって自然純化を望むバンパイアも少なくはなかった。
だが、ダリウスははっきりと首を横に振った。
「違う。未練があるんじゃないよ。未練はない。バンパイアになれたことは誇りに思ってる」
「ならなんで半バンパイアのままがいいんだ?」
「・・・・・・体の成長が、遅くなるんでしょ・・・・・・?」
「うん?」
「半バンパイアでも5年に1歳分、バンパイアなら10年に1歳しか年を取らないって聞いたよ」
「まぁ、確かにその通りだが・・・・・・」
それが今更なんだ。
未練はないんじゃないのか?
だが、ダリウスの回答は俺の予想を遙かにぶっちぎったものだった。
「そんなの、ママが可哀想だよ・・・・・・。ずっと一人で頑張ってきたママを、本当に一人にしちゃって・・・・・・。その上、僕だけこのままなんて・・・・・・」
肩を震わせている。
「いつかママに逢ったとき、このまま成長していない僕を見たらきっとがっかりする。僕が子供だなんてきっと認めてくれない」
・・・・・・わかった。
「僕だって、見せてあげたい。パパくらい身長が大きくなって、僕がママを守ってあげるんだって、言ってあげたい」
こいつは、心優しすぎる。
「だから・・・・・・、だから・・・・・・。少しでもいいから体を成長させたいんだ・・・・・・」
おおよそ、バンパイアにもバンパニーズにも似つかわしくないほどに。
「だから、今は血を流して欲しくない・・・・・・」
「わかった」
それだけの決意があるのを、どうして踏みにじるなんてことができるだろうか。
「血を流すのは通例だ。別に、絶対にしなくちゃいけない訳じゃない。お前の中には、もう立派にバンパイアの血が流れている。ダレンの血が、ちゃんと流れている。そうだろう?」
「・・・・・・うん」
ダリウスが自分の心臓のあたりをギュッと掴んだ。
その上に、俺は手を重ねる。
「それを大切に守ってやれ。お前の成長を、ダレンが生きていた証を『ママ』に見せてやれ」
「うん・・・・・・っ!」
血を流したくないのは俺のエゴでもある。
あいつらの存在を、かけらでもこの世に残してやりたかった。
何一つ残さずに逝ってしまったあいつらを思い出す、唯一だったから。
例え数年後、もしくは数十年後、血を流し込まなかったことを後悔する日があるかもしれない。
形ばかりの関係に、お互い心を痛める日が来るかもしれない。
けれど、その傷こそが俺とダリウスの師弟の証。
同じ痛みが、俺たちを結びつけている。
Painfully
傷師弟の『傷』は
何もバネズの物理的な傷だけを指しているのではなく
二人が共有する『捏造師弟』としての『傷・痛み』を
包括して傷師弟と命名しました。
まぁそんな自己満設定の説明小話。
2011/01/30
報告を受けてから1週間後。
成りたてのバンパイア将軍がダリウスを連れてきた。
あからさまに不機嫌な様子を振りまいていた。
そして、ダリウスがこのバンパイアマウンテンにやってきて発した第一声。
「バネズってどいつ?早く僕を一人前にしてよ」
このふてぶてしい態度!
身の程知らずの発言!
瞬時にどこかの誰かを連想させた。
数年前、半バンパイアのくせにいっちょ前に常勝の女神に戦いを挑んだ大馬鹿者のことだ。
あいつと同じ臭いが、ダリウスからはした。
「お前がダリウスか。話は聞いている」
「・・・・・・誰あんた。目ぇ潰れてんじゃん。話になんないよ」
「だが、残念なことに俺がお前ご指名のバネズ・ブレーンだ」
「げっ!?・・・・・・こんな奴に僕を任せるとか、おじさんは何を考えているんだよ・・・・・・」
「おじさん?あぁ、そうかそういえばお前、ダレンの血縁らしいな」
「・・・・・・僕のママは、ダレンおじさんの妹だよ」
通りで似た臭いがするはずだ。
多分性格もあいつに似ているんだろう。
顔立ちは・・・・・・俺にはよくわからない。
後で誰かに教えてもらおう。
「ていうかさ、ホントにあんたなの?あんたそんなので本当に僕のこと一人前にできるの?」
訝しげな声。
俺のことを疑っているのだろう。
「言葉で説明するよりも体で感じろ。どこからでもいいからかかってこい」
「は?」
「だから、今ここで俺がお前を伸してやるって言っているんだ。なんならハンデにナイフ使ってもいいぞ?」
腰にぶら下げていた短刀をダリウスの方に向かって投げた。
カツン、と小さな音を立ててダリウスの足下に転がった。
「ふざけるなよ。僕がいくら子供だからって怪我するよ?」
周囲が、声を殺して笑っているのを感じた。
俺相手に大層な口を利く奴が現れたのだ。
しばらくの間、笑い話として語られるだろうが俺の知ったことではない。
若さ故の過ちというもの。
誰にだってそんな経験の一つや二つ有るに決まっている。
そういうことを教えるのも、きっと師の役目なんだろう。
「構うか。これだけ豪語しておいてお前みたいなひよっこにやられるような奴にこれから教えを請いたくはないだろう。嫌なら殺すつもりでかかってこい」
「・・・・・・どうなっても知らないからね」
「それでいい」
その必要も感じなかったが、挑発する目的で俺は半身を開いて構えを取った。
ダリウスは足下のナイフを拾う。
両の手でしっかりと正中に構えを取った。
どこかで基礎でも学んだことがあるのだろうか?
構えそのものは悪くない。
周囲のバンパイアも感じ取ったのか、笑い声はぴたりと止んだ。
「・・・・・・筋は悪くなさそうだ・・・・・・」
久々に教えがいの有りそうな気配。
教官としての立場が長すぎたため、最近新入りを見るとそんな見方をしてしまう。
「ごちゃごちゃうるさいよ!」
本気の殺気を向けてきた。
真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに突っ込んでくる。
綺麗な太刀筋が、一瞬前までの俺の心臓を狙った。
「気合いも、悪くない」
「っ!?」
振り返り様に横凪にした腕を、正確に掴み上げた。
「だが、真っ直ぐすぎる。実践向きじゃないな」
「なんっで!?あんた目が見えないんじゃ・・・・・・っ!?」
「あぁ、まったく見えん。だが戦い方は体が覚えている。光はないが、空を切る音や臭い、風の流れで大体わかる」
「嘘だっ!」
「嘘なものか。疑うならもう一回かかってきてみろ」
「くそっ!!」
トン、と二歩ほど間合いを開けて再び構えを取る。
ダリウスも先ほどよりもよほど警戒してナイフを握りしめた。
「やっ!!」
「甘い」
「くそっ!」
「どこを狙っているんだ?そんなんじゃ俺は殺せないぞ?」
「バカにっ!してっ!!!」
そんなやりとりを、何十回と繰り返した。
ダリウスが疲労で立ち上がれなくなるまで、繰り返した。
□■□
「・・・・・・・・・それで、俺はお前の師匠として認めてもらえたかな?」
「・・・・・・っ、は・・・・・・っ!・・・その、言い方・・・・・・すっげ、ムカつく!!」
「それだけ減らず口が叩けるなら問題ないな」
「く、そっ!」
「そういうわけで、これからよろしく頼む」
地面に転がったままのダリウスに手を伸ばした。
「・・・・・・あんた・・・・・・ホントは目、見えてんでしょ・・・・・・?」
「ん?正真正銘の盲目だぞ」
「ぜ、ったい・・・・・・嘘だ・・・・・・」
僕、あんたのこと絶対信用しないから・・・・・・
そう言い残して、ダリウスは疲労で潰れてしまった。
いつだったか、ラーテンもそんなことをダレンに言われたと愚痴っていたことを思い出す。
師弟というのは、そういうやりとりが付き物なのかもしれないな。
苦笑しながら、バネズは寝こけてしまったダリウスを抱え上げた。
ファースト・インプレッション
傷師弟の出会い編。
私は!ただただ傷師弟を広めるのだ!
書きまくるぞ!
うおおおおおおっ!
2011/01/29
成りたてのバンパイア将軍がダリウスを連れてきた。
あからさまに不機嫌な様子を振りまいていた。
そして、ダリウスがこのバンパイアマウンテンにやってきて発した第一声。
「バネズってどいつ?早く僕を一人前にしてよ」
このふてぶてしい態度!
身の程知らずの発言!
瞬時にどこかの誰かを連想させた。
数年前、半バンパイアのくせにいっちょ前に常勝の女神に戦いを挑んだ大馬鹿者のことだ。
あいつと同じ臭いが、ダリウスからはした。
「お前がダリウスか。話は聞いている」
「・・・・・・誰あんた。目ぇ潰れてんじゃん。話になんないよ」
「だが、残念なことに俺がお前ご指名のバネズ・ブレーンだ」
「げっ!?・・・・・・こんな奴に僕を任せるとか、おじさんは何を考えているんだよ・・・・・・」
「おじさん?あぁ、そうかそういえばお前、ダレンの血縁らしいな」
「・・・・・・僕のママは、ダレンおじさんの妹だよ」
通りで似た臭いがするはずだ。
多分性格もあいつに似ているんだろう。
顔立ちは・・・・・・俺にはよくわからない。
後で誰かに教えてもらおう。
「ていうかさ、ホントにあんたなの?あんたそんなので本当に僕のこと一人前にできるの?」
訝しげな声。
俺のことを疑っているのだろう。
「言葉で説明するよりも体で感じろ。どこからでもいいからかかってこい」
「は?」
「だから、今ここで俺がお前を伸してやるって言っているんだ。なんならハンデにナイフ使ってもいいぞ?」
腰にぶら下げていた短刀をダリウスの方に向かって投げた。
カツン、と小さな音を立ててダリウスの足下に転がった。
「ふざけるなよ。僕がいくら子供だからって怪我するよ?」
周囲が、声を殺して笑っているのを感じた。
俺相手に大層な口を利く奴が現れたのだ。
しばらくの間、笑い話として語られるだろうが俺の知ったことではない。
若さ故の過ちというもの。
誰にだってそんな経験の一つや二つ有るに決まっている。
そういうことを教えるのも、きっと師の役目なんだろう。
「構うか。これだけ豪語しておいてお前みたいなひよっこにやられるような奴にこれから教えを請いたくはないだろう。嫌なら殺すつもりでかかってこい」
「・・・・・・どうなっても知らないからね」
「それでいい」
その必要も感じなかったが、挑発する目的で俺は半身を開いて構えを取った。
ダリウスは足下のナイフを拾う。
両の手でしっかりと正中に構えを取った。
どこかで基礎でも学んだことがあるのだろうか?
構えそのものは悪くない。
周囲のバンパイアも感じ取ったのか、笑い声はぴたりと止んだ。
「・・・・・・筋は悪くなさそうだ・・・・・・」
久々に教えがいの有りそうな気配。
教官としての立場が長すぎたため、最近新入りを見るとそんな見方をしてしまう。
「ごちゃごちゃうるさいよ!」
本気の殺気を向けてきた。
真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに突っ込んでくる。
綺麗な太刀筋が、一瞬前までの俺の心臓を狙った。
「気合いも、悪くない」
「っ!?」
振り返り様に横凪にした腕を、正確に掴み上げた。
「だが、真っ直ぐすぎる。実践向きじゃないな」
「なんっで!?あんた目が見えないんじゃ・・・・・・っ!?」
「あぁ、まったく見えん。だが戦い方は体が覚えている。光はないが、空を切る音や臭い、風の流れで大体わかる」
「嘘だっ!」
「嘘なものか。疑うならもう一回かかってきてみろ」
「くそっ!!」
トン、と二歩ほど間合いを開けて再び構えを取る。
ダリウスも先ほどよりもよほど警戒してナイフを握りしめた。
「やっ!!」
「甘い」
「くそっ!」
「どこを狙っているんだ?そんなんじゃ俺は殺せないぞ?」
「バカにっ!してっ!!!」
そんなやりとりを、何十回と繰り返した。
ダリウスが疲労で立ち上がれなくなるまで、繰り返した。
□■□
「・・・・・・・・・それで、俺はお前の師匠として認めてもらえたかな?」
「・・・・・・っ、は・・・・・・っ!・・・その、言い方・・・・・・すっげ、ムカつく!!」
「それだけ減らず口が叩けるなら問題ないな」
「く、そっ!」
「そういうわけで、これからよろしく頼む」
地面に転がったままのダリウスに手を伸ばした。
「・・・・・・あんた・・・・・・ホントは目、見えてんでしょ・・・・・・?」
「ん?正真正銘の盲目だぞ」
「ぜ、ったい・・・・・・嘘だ・・・・・・」
僕、あんたのこと絶対信用しないから・・・・・・
そう言い残して、ダリウスは疲労で潰れてしまった。
いつだったか、ラーテンもそんなことをダレンに言われたと愚痴っていたことを思い出す。
師弟というのは、そういうやりとりが付き物なのかもしれないな。
苦笑しながら、バネズは寝こけてしまったダリウスを抱え上げた。
ファースト・インプレッション
傷師弟の出会い編。
私は!ただただ傷師弟を広めるのだ!
書きまくるぞ!
うおおおおおおっ!
2011/01/29
「いただきます」
男が座るのを待って、少女は手を合わせた。
「どうぞ」
ご飯と味噌汁と、それから冷凍芋で作った煮っ転がし。
簡素で粗末な感じしかしない食卓だ。
生鮮がないから色合いなんてこれっぽっちも考慮されていない。
ただ食べられればいいというだけの、その場しのぎ。
そういえば、少女は一体どうするつもりだったのだろうか?
台所の状態からいえば、どうにも自炊しているような雰囲気は見受けられなかった。
「・・・・・・美味しいです」
「そう」
ご飯を一口含み、味噌汁を一口啜ってから、少女は端的な感想を漏らした。
男も同じように口に運ぶ。
・・・・・・正直、そう美味しいものとは思えなかった。
既に古米であり、なおかつ口を開けてからしばらく時間が経過していたと思われる米を早炊きしたらこんなものだろうか。
味噌汁だって、なんとか味噌の汁という体裁があるからその名で呼べるといった程度のものだ。
けれど、少女の言葉は口先だけの社交辞令では無いように思えた。
思うに至る何かが有ったわけではないが、何となく、男にはそう感じられた。
その後も、男と少女は黙々とご飯を胃に流し込んだ。
会話もなく。
沈黙を保ったままの食卓。
別段息苦しさを感じなかったのは、多分男が無駄口を嫌う人種だったからだろう。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様で」
「美味しかったです」
「・・・・・・そう」
「はい」
「あれを美味しいとか、普段の食生活が知れるね」
「・・・・・・また詮索ですか?」
「ごく一般的な疑問と哀れみだよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・僕には関係ないことだけどね」
「関係ないなら、聞かなければいいのに」
またしても機嫌を損ねた少女は、おもむろに立ち上がり男の分の食器もまとめて流しに運んだ。
端的には、この場から逃げたというのが正確か。
少女の背中を視線で追うが、少女は振り返ろうともしない。
「気まぐれだ」とのたまう少女の意図が、男には未だ見えない。
他人など無関心の対象でしか無かったというのに、どう言うわけか気にかかる。
明らかに男は平常ではない。
自覚できるレベルで常を逸している。
男を知る者がこの場に居たならば目を疑うくらいでは済まないだろう。
天変地異だと騒ぎ立て、あげく偽物だとのたまうかも知れない。
(そうだ、偽物だ)
男は静かに結論付けた。
今この場に居る自分は偽物だ。
他人の世話を焼く自分など偽物だ。
他人に興味を引かれる自分など偽物だ。
他人の世話になる自分など偽物だ。
他人に完敗したあげく路地裏に放り出された自分など、偽物だ。
(っ、・・・・・・くっ!)
忘れていた憤り。
何故忘れていたかも忘れるほど、綺麗さっぱり忘れていた憤りが男の中を満たす。
「・・・・・・惨めな顔をしていますね」
いつの間にか、少女が戻ってきていた。
戸口に立って、男を見下ろしていた。
「・・・・・・」
「いい様です」
「・・・・・・」
「貴方みたいな人は地べたに這い蹲っているのがお似合いですよ」
冷ややかな声。
温度を徹底的に排除した、無機質な。
おおよそ一般人には出せないような。
そんな声。
「・・・・・・何のつもり?」
剥き出しの敵意。
ほとんど脊髄反射で握り込んだ拳。
女?
子供?
そんなモノは関係ない。
男に楯を突いた。
力を行使する上でそれだけの理由が有れば十分すぎる。
だが、少女は微塵もたじろいだりはしなかった。
表情一つ変えやしない。
冷たい目で男を見下ろすばかりだ。
もはや見下ろしているのかどうかも定かではない。
蔑んでいるのかも知れない。
見下しているのかも知れない。
「人のことを勝手に哀れんだ仕返しです」
ほんのわずか、声に体温が宿った。
未だ濡れたままの髪の毛をタオルで拭いながら、少女は当たり前のように男の横に座った。
「・・・・・・何のつもり?」
もう一度同じ言葉を繰り返す。
ただし、そこに込められた意味は大きく異なっていた。
「自分の家でどこに座るか、いちいち了承を得ろと?」
「いや」
「なら、問題有りません」
「・・・・・・」
問題は、ない。
多分。
だが、ひどく調子は崩される。
すべてのタイミングがずらされる。
何もかも思い通りにいきやしない。
伸ばした手が目測を誤っているかのような、気持ち悪さ。
自分が自分で居られなくなるような、不安感。
自身の根底をすべからく覆すような、恐怖。
脳が発する緊急危険信号。
これまでに出逢ったことのない、未知。
「君は何者?」
「しがない中学生です」
体に取り巻いていた不快感を一蹴するほど、小気味のいい嘘を少女はついた。
自身を『しがない』などと形容する一般人が居るものか。
全く持って信じるに値しない言葉だ。
「貴方こそ何者なんですか?」
「僕?」
「おおよそ一般人とはかけ離れた仕込み暗器。模型を持っている人もいると聞きますけど、アレは本物でした」
「・・・・・・僕の服、どうしたの?」
洗面所に放置してきた衣服を思い出す。
無造作に放置など、決してしないミスを繰り返している。
おかしい。
自分の中の何かが、音を立てて崩壊しようとしている。
偽物が、この体を乗っ取ろうとして息を潜めている。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
目眩に似た何かが視界を歪ませた。
「そもそも、どうやって取り出したの?アレは、特殊な仕込みをしているんだ。たまたまなんて言い訳聞きたくないよ」
「私が取り出し方を知っていたと言うだけの話です」
「・・・・・・」
「勝手ですけど、染み抜きしておきました。黒だけど、色味が変わる前の方がいいと思って。暗器は乾燥させてます」
「・・・・・・」
「何か、問題でも?」
「いや・・・・・・」
問題が有るとすれば、それは少女の存在そのもの。
一体何者なのか?
「君は、何者なの?」
さっきから同じ質問を何度と無く繰り返している。
「答えたはずです。しがない中学生だ、と」
全く悪びれもせず、少女は嘘を吐く。
「私も質問します。貴方は何者ですか?」
「僕は・・・・・・」
男は逡巡した。
脳裏によぎった言葉を口にするか、迷ったのだ。
はぐらかしてしまおうかとも考えた。
しかし、目の前のこの少女はそう簡単に諦めてくれそうに無いことも瞬時に悟った。
男は、答えた。
「しがない大学生だよ」
全く持って信用ならないと評した言葉を、そのまま少女に返してやった。
第四話でした。
話が・・・・・・・・・動き出したの?かな?わからーん!
毎度繰り返しになりますが、一応お断りを。
ヒの字もイの字も出てきませんが、これは間違いなくヒバピンです!
キリッ!!
2011/01/28
男が座るのを待って、少女は手を合わせた。
「どうぞ」
ご飯と味噌汁と、それから冷凍芋で作った煮っ転がし。
簡素で粗末な感じしかしない食卓だ。
生鮮がないから色合いなんてこれっぽっちも考慮されていない。
ただ食べられればいいというだけの、その場しのぎ。
そういえば、少女は一体どうするつもりだったのだろうか?
台所の状態からいえば、どうにも自炊しているような雰囲気は見受けられなかった。
「・・・・・・美味しいです」
「そう」
ご飯を一口含み、味噌汁を一口啜ってから、少女は端的な感想を漏らした。
男も同じように口に運ぶ。
・・・・・・正直、そう美味しいものとは思えなかった。
既に古米であり、なおかつ口を開けてからしばらく時間が経過していたと思われる米を早炊きしたらこんなものだろうか。
味噌汁だって、なんとか味噌の汁という体裁があるからその名で呼べるといった程度のものだ。
けれど、少女の言葉は口先だけの社交辞令では無いように思えた。
思うに至る何かが有ったわけではないが、何となく、男にはそう感じられた。
その後も、男と少女は黙々とご飯を胃に流し込んだ。
会話もなく。
沈黙を保ったままの食卓。
別段息苦しさを感じなかったのは、多分男が無駄口を嫌う人種だったからだろう。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様で」
「美味しかったです」
「・・・・・・そう」
「はい」
「あれを美味しいとか、普段の食生活が知れるね」
「・・・・・・また詮索ですか?」
「ごく一般的な疑問と哀れみだよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・僕には関係ないことだけどね」
「関係ないなら、聞かなければいいのに」
またしても機嫌を損ねた少女は、おもむろに立ち上がり男の分の食器もまとめて流しに運んだ。
端的には、この場から逃げたというのが正確か。
少女の背中を視線で追うが、少女は振り返ろうともしない。
「気まぐれだ」とのたまう少女の意図が、男には未だ見えない。
他人など無関心の対象でしか無かったというのに、どう言うわけか気にかかる。
明らかに男は平常ではない。
自覚できるレベルで常を逸している。
男を知る者がこの場に居たならば目を疑うくらいでは済まないだろう。
天変地異だと騒ぎ立て、あげく偽物だとのたまうかも知れない。
(そうだ、偽物だ)
男は静かに結論付けた。
今この場に居る自分は偽物だ。
他人の世話を焼く自分など偽物だ。
他人に興味を引かれる自分など偽物だ。
他人の世話になる自分など偽物だ。
他人に完敗したあげく路地裏に放り出された自分など、偽物だ。
(っ、・・・・・・くっ!)
忘れていた憤り。
何故忘れていたかも忘れるほど、綺麗さっぱり忘れていた憤りが男の中を満たす。
「・・・・・・惨めな顔をしていますね」
いつの間にか、少女が戻ってきていた。
戸口に立って、男を見下ろしていた。
「・・・・・・」
「いい様です」
「・・・・・・」
「貴方みたいな人は地べたに這い蹲っているのがお似合いですよ」
冷ややかな声。
温度を徹底的に排除した、無機質な。
おおよそ一般人には出せないような。
そんな声。
「・・・・・・何のつもり?」
剥き出しの敵意。
ほとんど脊髄反射で握り込んだ拳。
女?
子供?
そんなモノは関係ない。
男に楯を突いた。
力を行使する上でそれだけの理由が有れば十分すぎる。
だが、少女は微塵もたじろいだりはしなかった。
表情一つ変えやしない。
冷たい目で男を見下ろすばかりだ。
もはや見下ろしているのかどうかも定かではない。
蔑んでいるのかも知れない。
見下しているのかも知れない。
「人のことを勝手に哀れんだ仕返しです」
ほんのわずか、声に体温が宿った。
未だ濡れたままの髪の毛をタオルで拭いながら、少女は当たり前のように男の横に座った。
「・・・・・・何のつもり?」
もう一度同じ言葉を繰り返す。
ただし、そこに込められた意味は大きく異なっていた。
「自分の家でどこに座るか、いちいち了承を得ろと?」
「いや」
「なら、問題有りません」
「・・・・・・」
問題は、ない。
多分。
だが、ひどく調子は崩される。
すべてのタイミングがずらされる。
何もかも思い通りにいきやしない。
伸ばした手が目測を誤っているかのような、気持ち悪さ。
自分が自分で居られなくなるような、不安感。
自身の根底をすべからく覆すような、恐怖。
脳が発する緊急危険信号。
これまでに出逢ったことのない、未知。
「君は何者?」
「しがない中学生です」
体に取り巻いていた不快感を一蹴するほど、小気味のいい嘘を少女はついた。
自身を『しがない』などと形容する一般人が居るものか。
全く持って信じるに値しない言葉だ。
「貴方こそ何者なんですか?」
「僕?」
「おおよそ一般人とはかけ離れた仕込み暗器。模型を持っている人もいると聞きますけど、アレは本物でした」
「・・・・・・僕の服、どうしたの?」
洗面所に放置してきた衣服を思い出す。
無造作に放置など、決してしないミスを繰り返している。
おかしい。
自分の中の何かが、音を立てて崩壊しようとしている。
偽物が、この体を乗っ取ろうとして息を潜めている。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
目眩に似た何かが視界を歪ませた。
「そもそも、どうやって取り出したの?アレは、特殊な仕込みをしているんだ。たまたまなんて言い訳聞きたくないよ」
「私が取り出し方を知っていたと言うだけの話です」
「・・・・・・」
「勝手ですけど、染み抜きしておきました。黒だけど、色味が変わる前の方がいいと思って。暗器は乾燥させてます」
「・・・・・・」
「何か、問題でも?」
「いや・・・・・・」
問題が有るとすれば、それは少女の存在そのもの。
一体何者なのか?
「君は、何者なの?」
さっきから同じ質問を何度と無く繰り返している。
「答えたはずです。しがない中学生だ、と」
全く悪びれもせず、少女は嘘を吐く。
「私も質問します。貴方は何者ですか?」
「僕は・・・・・・」
男は逡巡した。
脳裏によぎった言葉を口にするか、迷ったのだ。
はぐらかしてしまおうかとも考えた。
しかし、目の前のこの少女はそう簡単に諦めてくれそうに無いことも瞬時に悟った。
男は、答えた。
「しがない大学生だよ」
全く持って信用ならないと評した言葉を、そのまま少女に返してやった。
第四話でした。
話が・・・・・・・・・動き出したの?かな?わからーん!
毎度繰り返しになりますが、一応お断りを。
ヒの字もイの字も出てきませんが、これは間違いなくヒバピンです!
キリッ!!
2011/01/28