~*リハビリ訓練道場*~ 小ネタ投下したり、サイトにUPするまでの一時保管所だったり。
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誰も彼もがそわそわとしだす2月14日。
当てなんてないのに「もしかしたら・・・・・・」なんて幻想を抱きたくなるのが中学生というものだ。
それに、今年のバレンタインは平日・月曜日。
女の子達は誰に怪しまれることもなく日曜日に準備をし、今日という決戦の日に備えているに違いない。
みんないつもよりちょっとだけお洒落にして、その時を計っている。
渡したいけど渡せない。
欲しいけど言い出せない。
そんなもどかしい感情が朝からそこかしこに点在している。
俺、沢田綱吉もその一人だ。
モテない、ダメダメの名を欲しいままにしていた俺だったけど、どんな奇跡か二年連続で女の子からチョコを貰うという前代未聞の偉業を達成した。
それも、去年は俺の想い人である京子ちゃんから手ずから貰い、あまつさえそれが本命であるかもしれないというサプライズ付きだ。
けれど、結局その真意を確認することはできなかった。
俺に勇気がなかったのも理由の一つ。
それと。
どうして京子ちゃんが嘘をついたのかその意図を考えた時、聞くべきではないと俺の直感が訴えた。
だからホワイトデーには当たり障りのないお返しで済ませた。
そして、これまでと変わらない『友達』の距離間を守り続けた。
決して一線を越えず、決して見失わず。
お互いが手を伸ばせば届く距離を、守り続けた。
それも、今年で終わり。
もう、来年はない。
俺たちは並盛中学三年生になっていた。
後一ヶ月もすれば卒業だ。
京子ちゃんは少し離れた県内の進学校に推薦で合格している。
対して俺は、地元の高校がぎりぎりの合格圏内。
どうやっても、同じキャンパスライフを味わえるのは後一ヶ月。
どうあがいたって、それだけの時間しかない。
だから、俺たちはそろそろ腹を括るべきなんだと思う。
傷つくことを恐れず。
傷つけることを怖れず。
その傷すらも笑って撫でられるように、踏み出すべきなんだと思う。
□■□
いつもよりも早くに登校。
遅刻ぎりぎりが常習の俺にとっては奇跡的な時間だ。
まだ校内にすら人影がまばらにしか見られない。
流石に教室一番乗りだろう。
そう思って戸を引いた。
「・・・・・・あ・・・・・・」
意外にも、俺は一番乗りではなかった。
既に一人の生徒が席に着いていた。
「おはよ。京子ちゃん」
「あ、ツナ君おはよ」
いつも通りの、変わらない挨拶。
強ばったところはなく、何もかもが平素のまま。
もし違うところがあるとすれば、バックの中に入った緊張の固まりだ。
取り出すタイミングを計っている。
放課後がいいだろうか?
・・・・・・いや、早い方がいい。
うだうだと考える時間が長ければ長いほど気持ちが後込みしてしまう。
俺はバックに手を伸ばした。
指に触れる、柔らかな包装紙。
何度も結び直した真紅のリボン。
昨晩遅くまで頑張った結晶。
男から、なんておかしいかもしれない。
でもさ。
笑われたって構わない。
俺はダメツナだから。
みっともなく踏ん張るくらいが丁度いいんだって知ったんだ。
何もしないで何もないことを嘆くより、バカにされたってやってみたらいいんだって学んだ。
だから、踏みだそう。
今よりもう一歩。
君の手を取れるところまで。
「京子ちゃん。あの、さ・・・・・・」
「何?」
「これ、受け取ってくれる・・・・・・かな?」
バックの中で少し乱れてしまった赤いリボンを直しもせずに、付きだした小袋。
京子ちゃんはまるで不思議な物を見るような目つきで、俺と小袋を交互に見て、一度大きくぱちくり瞬きをした。
「これ・・・・・・」
「バレンタイン・・・・・・です」
「私に?」
「・・・・・・うん」
「わっ!嬉しいな。ツナ君ありがとう!」
にっこり微笑んで、受け取ってくれた。
「私も作ってきたの。貰ってくれるかな?」
「もちろん!」
「はい、どうぞ」
差し出されたのは俺のよりも数段綺麗にラッピングされたもの。
オレンジ色のきれいな包装紙が、京子ちゃんのほんわかした雰囲気を表しているように思った。
「・・・・・・ね、京子ちゃん」
「なぁに?」
「そのチョコ、『本命』っていったら・・・・・・びっくりする?」
「・・・・・・え?」
「今年で最後になるかもしれないから、ちゃんと言っておきたいんだ。俺、京子ちゃんのことが大好きです」
教室の中がシンっ・・・・・・と静まり返った。
まだ人が集まる前の教室でよかった。
「ちょっと待ってよツナ君っ!最後って・・・・・・」
「来年は、同じ学校には通えないからね」
「でもだからって・・・・・・学校が離れちゃったら友達でも居られないの・・・・・・?」
「多分」
痛みから逃れるだけの関係が、そう長く続くとは思えない。
自分を守るための鎧を掲げている以上、隔たりは拭えない。
その手を取らない限り、先なんてあり得ない。
だから俺は覚悟した。
傷ついても、君の隣にいたいって。
傷つけてでも、君の隣に立ちたいって。
「君が、好きです」
その手を、伸ばして欲しい。
怖がらずに、伸ばして欲しい。
無理矢理その手を取ることは簡単だ。
でも、それじゃダメなんだ。
俺は、君に決断して欲しい。
俺がそう覚悟を決めたように。
君が、自分の意志で、決めて欲しい。
「・・・・・・私も・・・・・・ツナ君が好きだよ?でもね、今まで通りでいいと思ってたの・・・・・・」
沢山の友達が居て、誰が一番とかそんなのなくて、みんなで笑っていられた。
それで十分だった。
「イヤだよ・・・・・・怖いよ・・・・・・」
「京子ちゃん・・・・・・」
「私、ツナ君が思っているほどいい子じゃない!心の中ではいっぱい汚いこと考えてるっ!いやだよ・・・・・・そんなところを知られるのはイヤ・・・・・・知ったらツナ君、きっと嫌いになる・・・・・・」
「わかってる。俺だって、きっと京子ちゃんが思っている通りの人間じゃないよ。イヤなところ、沢山見せると思う。汚い人間だって、思い知ると思う」
人を好きになると言うことは、人を知ること。
人を知ると言うことは、人を嫌いになること。
どうやったって切り離せない。
人は相手を幻想の中に作り上げる。
自分の理想を組み込んでいく。
勝手に組み上げて、勝手に好意を寄せて、勝手に幻滅する。
恋愛とはひどく身勝手な行為だ。
擦り合わなくなった理想を相手のせいにして、あまつさえ「こんな人だとは思わなかった」だなんて言う。
それは本当に相手のせいか?
自分が、相手を見ていなかっただけじゃないのか?
人の本質なんて早々変わらない。
変わらないから本質なんだ。
けれどそのまわりは、本質を取り巻く上っ面はいくらでも書き換えられてしまう。
よく見られたい。
好意を寄せられたい。
思えば思うほど、本質とは異なる自分を演じてしまう。
自分を偽って、別の自分を創ってしまう。
当たり前で、誰にも責められない行為。
だから、覚悟しなくちゃいけないんだ。
自分を偽っている行為が相手を傷つける可能性があることを。
同じように、相手に傷つけられる可能性があることを。
それでもなお、好きだって思えるだけの気持ちが必要なんだって。
「それでも、俺は京子ちゃんが好き」
言わなければ、後数年はぬるま湯のような関係が続けられただろう。
どちらとも付かない曖昧さに溺れた生ぬるい関係。
そこに甘んじるには、俺は汚い世界を見過ぎた。
これ以上は、取り返しのつかないレベルの虚構を身に纏うことになる。
俺自身が本質を忘れてしまう位の自分を創り上げてしまう。
そうなる前に、君に伝えたかった。
たとえこの手を取って貰えなくても、俺に後悔はない。
君を好きだという事実を、君に伝えられただけでも十分だ。
ひどく利己的な行為だってわかってる。
君の気持ちなんか考えていない行為だって知ってる。
けれど、こうでもしないと君との関係はこのまま終わってしまう。
終わりすら迎えられずに終わるなんて、そんなのはイヤだった。
せめてきっちりと、お互いに納得して終わりたかった。
・・・・・・出来れば、始めたいと思ってる。
君がこの手を取ってくれるかどうかは、一種の賭。
どちらでも悔いはない。
取って欲しいとも思う。
取らないで欲しいとも思う。
本当の自分を知られるのは俺も怖いから。
俺の生きる裏社会に巻き込みたくはないから。
それでも、隣に居たいとは思ってしまう。
だから答えて欲しい。
正解はないから、君の意志を教えて欲しい。
君の意志に、俺は全力で応えるから。
「・・・・・・ツナ君はずるいよ・・・・・・」
「・・・・・・」
「そうやって、私に決定権を委ねるなんて・・・・・・」
「・・・・・・」
「私は、側にいて欲しいけど・・・・・・ツナ君の邪魔になりたくない。足手まといなことはわかってる。私は・・・・・・ツナ君の助けにはなれない」
「・・・・・・」
「私からは、手を伸ばせないよ・・・・・・。迷惑になってわかってて、その手は取れない・・・・・・」
京子ちゃんは一歩後ろに引いて、自分の手を胸の前で掻き抱くように抱えた。
君が応えないのなら、後は俺が勝手にやらせてもらう。
君が意志を示さないのなら、俺が導く。
「・・・・・・ホントに?」
「・・・・・・」
「それが、京子ちゃんの腹の内?まだ自分を偽って、綺麗でいようとするの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・ごめんね、京子ちゃん。俺、さっきも言ったけど君が思っているほどいい人じゃない。もっとずっと汚い人間なんだよ」
抱えた手を、力ずくで掴み取る。
「っきゃっ!」
「ほら、届いた。こんな簡単に繋がれる」
繋いだ手。
伝わる体温。
「君が離したいなら、ふりほどけばいい。でも、俺はこの手を離さない。どんなに抵抗したって、何度だって掴みにいく。みっともなく足掻いてみせる。俺を見てくれるまで、何度だって。君が望むのなら力ずくでも」
「・・・・・・ツナ・・・・・・君・・・・・・」
「離さないよ。だから、言って?」
「ツナ・・・・・・く・・・・・・」
「俺は、京子ちゃんが好きだ。京子ちゃんは?」
「わた・・・・・・し、は・・・・・・」
「言って」
こんなもの、ほとんど脅迫だ。
それでも、君が望むなら。
どんな汚さだって、さらけ出す。
「ツナ君が・・・・・・好き・・・・・・っ、一緒に、居たいよ・・・・・・」
ほとんど涙声の君。
にじんだ視界の俺。
見えなくとも、繋いだ手が君がそこにいることを教えてくれる。
「俺も、一緒に居たいよ。ずっと、隣に居て欲しい」
□■□
例え君の醜さを知っても、それすら認めてあげられるように。
醜さ以上の幸福を。
汚さ以上の祝福を。
辛苦以上の甘味を。
真っ赤なリボンに包んで、君に贈るよ。
scarlet sweet
バレンタインとか、もはやこじつけ以外のナニモノでもない。
悲恋ベースにしないとか言ってこの様である。
まぁハッピーエンドなんで許してください。
・・・・・・・・・これが、ハッピーエンド?
\オマエアタマオカシーンジャネーノ!/
2011/02/15
当てなんてないのに「もしかしたら・・・・・・」なんて幻想を抱きたくなるのが中学生というものだ。
それに、今年のバレンタインは平日・月曜日。
女の子達は誰に怪しまれることもなく日曜日に準備をし、今日という決戦の日に備えているに違いない。
みんないつもよりちょっとだけお洒落にして、その時を計っている。
渡したいけど渡せない。
欲しいけど言い出せない。
そんなもどかしい感情が朝からそこかしこに点在している。
俺、沢田綱吉もその一人だ。
モテない、ダメダメの名を欲しいままにしていた俺だったけど、どんな奇跡か二年連続で女の子からチョコを貰うという前代未聞の偉業を達成した。
それも、去年は俺の想い人である京子ちゃんから手ずから貰い、あまつさえそれが本命であるかもしれないというサプライズ付きだ。
けれど、結局その真意を確認することはできなかった。
俺に勇気がなかったのも理由の一つ。
それと。
どうして京子ちゃんが嘘をついたのかその意図を考えた時、聞くべきではないと俺の直感が訴えた。
だからホワイトデーには当たり障りのないお返しで済ませた。
そして、これまでと変わらない『友達』の距離間を守り続けた。
決して一線を越えず、決して見失わず。
お互いが手を伸ばせば届く距離を、守り続けた。
それも、今年で終わり。
もう、来年はない。
俺たちは並盛中学三年生になっていた。
後一ヶ月もすれば卒業だ。
京子ちゃんは少し離れた県内の進学校に推薦で合格している。
対して俺は、地元の高校がぎりぎりの合格圏内。
どうやっても、同じキャンパスライフを味わえるのは後一ヶ月。
どうあがいたって、それだけの時間しかない。
だから、俺たちはそろそろ腹を括るべきなんだと思う。
傷つくことを恐れず。
傷つけることを怖れず。
その傷すらも笑って撫でられるように、踏み出すべきなんだと思う。
□■□
いつもよりも早くに登校。
遅刻ぎりぎりが常習の俺にとっては奇跡的な時間だ。
まだ校内にすら人影がまばらにしか見られない。
流石に教室一番乗りだろう。
そう思って戸を引いた。
「・・・・・・あ・・・・・・」
意外にも、俺は一番乗りではなかった。
既に一人の生徒が席に着いていた。
「おはよ。京子ちゃん」
「あ、ツナ君おはよ」
いつも通りの、変わらない挨拶。
強ばったところはなく、何もかもが平素のまま。
もし違うところがあるとすれば、バックの中に入った緊張の固まりだ。
取り出すタイミングを計っている。
放課後がいいだろうか?
・・・・・・いや、早い方がいい。
うだうだと考える時間が長ければ長いほど気持ちが後込みしてしまう。
俺はバックに手を伸ばした。
指に触れる、柔らかな包装紙。
何度も結び直した真紅のリボン。
昨晩遅くまで頑張った結晶。
男から、なんておかしいかもしれない。
でもさ。
笑われたって構わない。
俺はダメツナだから。
みっともなく踏ん張るくらいが丁度いいんだって知ったんだ。
何もしないで何もないことを嘆くより、バカにされたってやってみたらいいんだって学んだ。
だから、踏みだそう。
今よりもう一歩。
君の手を取れるところまで。
「京子ちゃん。あの、さ・・・・・・」
「何?」
「これ、受け取ってくれる・・・・・・かな?」
バックの中で少し乱れてしまった赤いリボンを直しもせずに、付きだした小袋。
京子ちゃんはまるで不思議な物を見るような目つきで、俺と小袋を交互に見て、一度大きくぱちくり瞬きをした。
「これ・・・・・・」
「バレンタイン・・・・・・です」
「私に?」
「・・・・・・うん」
「わっ!嬉しいな。ツナ君ありがとう!」
にっこり微笑んで、受け取ってくれた。
「私も作ってきたの。貰ってくれるかな?」
「もちろん!」
「はい、どうぞ」
差し出されたのは俺のよりも数段綺麗にラッピングされたもの。
オレンジ色のきれいな包装紙が、京子ちゃんのほんわかした雰囲気を表しているように思った。
「・・・・・・ね、京子ちゃん」
「なぁに?」
「そのチョコ、『本命』っていったら・・・・・・びっくりする?」
「・・・・・・え?」
「今年で最後になるかもしれないから、ちゃんと言っておきたいんだ。俺、京子ちゃんのことが大好きです」
教室の中がシンっ・・・・・・と静まり返った。
まだ人が集まる前の教室でよかった。
「ちょっと待ってよツナ君っ!最後って・・・・・・」
「来年は、同じ学校には通えないからね」
「でもだからって・・・・・・学校が離れちゃったら友達でも居られないの・・・・・・?」
「多分」
痛みから逃れるだけの関係が、そう長く続くとは思えない。
自分を守るための鎧を掲げている以上、隔たりは拭えない。
その手を取らない限り、先なんてあり得ない。
だから俺は覚悟した。
傷ついても、君の隣にいたいって。
傷つけてでも、君の隣に立ちたいって。
「君が、好きです」
その手を、伸ばして欲しい。
怖がらずに、伸ばして欲しい。
無理矢理その手を取ることは簡単だ。
でも、それじゃダメなんだ。
俺は、君に決断して欲しい。
俺がそう覚悟を決めたように。
君が、自分の意志で、決めて欲しい。
「・・・・・・私も・・・・・・ツナ君が好きだよ?でもね、今まで通りでいいと思ってたの・・・・・・」
沢山の友達が居て、誰が一番とかそんなのなくて、みんなで笑っていられた。
それで十分だった。
「イヤだよ・・・・・・怖いよ・・・・・・」
「京子ちゃん・・・・・・」
「私、ツナ君が思っているほどいい子じゃない!心の中ではいっぱい汚いこと考えてるっ!いやだよ・・・・・・そんなところを知られるのはイヤ・・・・・・知ったらツナ君、きっと嫌いになる・・・・・・」
「わかってる。俺だって、きっと京子ちゃんが思っている通りの人間じゃないよ。イヤなところ、沢山見せると思う。汚い人間だって、思い知ると思う」
人を好きになると言うことは、人を知ること。
人を知ると言うことは、人を嫌いになること。
どうやったって切り離せない。
人は相手を幻想の中に作り上げる。
自分の理想を組み込んでいく。
勝手に組み上げて、勝手に好意を寄せて、勝手に幻滅する。
恋愛とはひどく身勝手な行為だ。
擦り合わなくなった理想を相手のせいにして、あまつさえ「こんな人だとは思わなかった」だなんて言う。
それは本当に相手のせいか?
自分が、相手を見ていなかっただけじゃないのか?
人の本質なんて早々変わらない。
変わらないから本質なんだ。
けれどそのまわりは、本質を取り巻く上っ面はいくらでも書き換えられてしまう。
よく見られたい。
好意を寄せられたい。
思えば思うほど、本質とは異なる自分を演じてしまう。
自分を偽って、別の自分を創ってしまう。
当たり前で、誰にも責められない行為。
だから、覚悟しなくちゃいけないんだ。
自分を偽っている行為が相手を傷つける可能性があることを。
同じように、相手に傷つけられる可能性があることを。
それでもなお、好きだって思えるだけの気持ちが必要なんだって。
「それでも、俺は京子ちゃんが好き」
言わなければ、後数年はぬるま湯のような関係が続けられただろう。
どちらとも付かない曖昧さに溺れた生ぬるい関係。
そこに甘んじるには、俺は汚い世界を見過ぎた。
これ以上は、取り返しのつかないレベルの虚構を身に纏うことになる。
俺自身が本質を忘れてしまう位の自分を創り上げてしまう。
そうなる前に、君に伝えたかった。
たとえこの手を取って貰えなくても、俺に後悔はない。
君を好きだという事実を、君に伝えられただけでも十分だ。
ひどく利己的な行為だってわかってる。
君の気持ちなんか考えていない行為だって知ってる。
けれど、こうでもしないと君との関係はこのまま終わってしまう。
終わりすら迎えられずに終わるなんて、そんなのはイヤだった。
せめてきっちりと、お互いに納得して終わりたかった。
・・・・・・出来れば、始めたいと思ってる。
君がこの手を取ってくれるかどうかは、一種の賭。
どちらでも悔いはない。
取って欲しいとも思う。
取らないで欲しいとも思う。
本当の自分を知られるのは俺も怖いから。
俺の生きる裏社会に巻き込みたくはないから。
それでも、隣に居たいとは思ってしまう。
だから答えて欲しい。
正解はないから、君の意志を教えて欲しい。
君の意志に、俺は全力で応えるから。
「・・・・・・ツナ君はずるいよ・・・・・・」
「・・・・・・」
「そうやって、私に決定権を委ねるなんて・・・・・・」
「・・・・・・」
「私は、側にいて欲しいけど・・・・・・ツナ君の邪魔になりたくない。足手まといなことはわかってる。私は・・・・・・ツナ君の助けにはなれない」
「・・・・・・」
「私からは、手を伸ばせないよ・・・・・・。迷惑になってわかってて、その手は取れない・・・・・・」
京子ちゃんは一歩後ろに引いて、自分の手を胸の前で掻き抱くように抱えた。
君が応えないのなら、後は俺が勝手にやらせてもらう。
君が意志を示さないのなら、俺が導く。
「・・・・・・ホントに?」
「・・・・・・」
「それが、京子ちゃんの腹の内?まだ自分を偽って、綺麗でいようとするの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・ごめんね、京子ちゃん。俺、さっきも言ったけど君が思っているほどいい人じゃない。もっとずっと汚い人間なんだよ」
抱えた手を、力ずくで掴み取る。
「っきゃっ!」
「ほら、届いた。こんな簡単に繋がれる」
繋いだ手。
伝わる体温。
「君が離したいなら、ふりほどけばいい。でも、俺はこの手を離さない。どんなに抵抗したって、何度だって掴みにいく。みっともなく足掻いてみせる。俺を見てくれるまで、何度だって。君が望むのなら力ずくでも」
「・・・・・・ツナ・・・・・・君・・・・・・」
「離さないよ。だから、言って?」
「ツナ・・・・・・く・・・・・・」
「俺は、京子ちゃんが好きだ。京子ちゃんは?」
「わた・・・・・・し、は・・・・・・」
「言って」
こんなもの、ほとんど脅迫だ。
それでも、君が望むなら。
どんな汚さだって、さらけ出す。
「ツナ君が・・・・・・好き・・・・・・っ、一緒に、居たいよ・・・・・・」
ほとんど涙声の君。
にじんだ視界の俺。
見えなくとも、繋いだ手が君がそこにいることを教えてくれる。
「俺も、一緒に居たいよ。ずっと、隣に居て欲しい」
□■□
例え君の醜さを知っても、それすら認めてあげられるように。
醜さ以上の幸福を。
汚さ以上の祝福を。
辛苦以上の甘味を。
真っ赤なリボンに包んで、君に贈るよ。
scarlet sweet
バレンタインとか、もはやこじつけ以外のナニモノでもない。
悲恋ベースにしないとか言ってこの様である。
まぁハッピーエンドなんで許してください。
・・・・・・・・・これが、ハッピーエンド?
\オマエアタマオカシーンジャネーノ!/
2011/02/15
PR
バネズのことを探すのは簡単だ。
よほどの場合を除いて、自分の部屋にいるか闘技場にいるかのどちらか。
探す方の身としては探す張り合いもないくらい。
今日もバネズは闘技場にいた。
ずいぶん昔に両目が潰れ、光を失ったというのに剣やら槍やらを片手に若いバンパイアを楽しそうにあしらっていた。
「バネズ」
「ん?ダリウスか?っ、よっと!」
声を掛けたらすぐに気づいてくれる。
光を失ってからほかの五感がより敏感になっていると本人は言っていた。
本当かどうかはわからないけど、バネズは目が見えているのとほとんど変わらずに生活できているし、人を間違えるようなこともほとんど無い。
そうでなければ危ない武器を手に遊びに興じることなんて出来ないだろう。
相手にしていたバンパイアをひとしきり叩きのめしてからバネズが僕のそばまでやってきた。
「どうした?お前もやりたいのか?」
「バカ言わないでよ。ただでさえ訓練でくたくたなんだ。頼まれたってしないよ」
一日中闘技場に篭もっていられるバネズと一緒にしないでくれ。
「そうじゃなくてさ、ちょっと・・・相談」
「相談?」
「えっと、さ。・・・ママのところに、逢いに行かない?」
「・・・お前のか?」
「当たり前だろ?他に誰がいるっての?」
「そりゃあそうだが・・・、だがなダリウス。お前が母親に逢いたい気持ちはわかるが元帥がお許しにならんだろう」
今でこそわずかながら人間と交流が出てきたが、反発する声も大きい。
バンパニーズと和平はしても、人間とは一線を画しておくべきだという意見が未だ多数を占めている。
バネズはそれを危惧しているのだろう。
だが、そんなのは問題じゃない。
「大丈夫!バンチャ発案だもの」
「バンチャ元帥が?」
話のいきさつはこうだ。
僕は半バンパイアになって以降、ママと手紙のやりとりをしている。
直接逢うことが出来無いからバンチャが仲介役で手紙を運んでもらっているのだ。
はじめはそれだけでも繋がりが残っているだけで十分だった。
でも年数を重ねていくほどに逢えないことが寂しくなる。
「せめて一目でもいいから逢わせて欲しい」とママはバンチャに懇願したらしい。
「そしたらさ、バンチャが逢ってこいって言ってくれたんだ。もう十年も逢ってないんだし、ママはおじさんのことでも心痛めているから一目逢うくらい大目に見るって。他の元帥にも説得してくれたんだ!」
「・・・バンチャ元帥は昔から女に弱いからなぁ・・・」
光の映らない瞼をさらに手で押さえてバネズが首を横に振った。
「でさ、ママがバネズにも逢いたいって言ってるんだ」
「俺にも?」
「うん。僕がお世話になっている人だから挨拶したいって」
「・・・それも元帥は承知なんだな?」
「当たり前だ!半人前の弟子が外に出るんだ。着いていかない師匠があるか!」
突然割り込んできた大柄の男。
バネスはその声で誰なのかを察し、大きくため息をついた。
「閣下・・・そういうことは事後承諾ではなく事前に・・・」
「お前には話してなかったか?そりゃ悪かった!」
これっぽちも悪びれていない口調で話すのがバンチャ・マーチ元帥。
この話を僕に持ちかけてくれた張本人。
「大体、お前はずっとマウンテンに篭もりっぱなしだろ?たまには外の空気を吸ってこい」
「はぁ・・・わかりましたよ。閣下がそうおっしゃるなら」
「一緒に行ってくれるんだね!?」
「俺が行かないと言えばお前は一人でも行っちまいそうだしな」
仕方ない、といわんばかりの表情でバネズが僕の頭をがしがし撫でた。
側ではバンチャがうんうん頷きながら僕らを見ている。
「よしよし。話はまとまったみたいだな。じゃあ、あいつらのことも頼んだぞ?」
「へ?」
僕の間抜けな声があがるのと
「兄ちゃん!!」
「ダリウスお兄ちゃん!」
とてもよく聞き慣れた声を僕の耳が捕らえ、猛烈なタックル×二をお見舞いされるのはほとんど同時だった。
こんなことをするのは言わずと知れた、ブレダとティーダ。
双子は今年で七歳になる。
昔と違って体も大きくなってきて、、タックル一つが立派な攻撃。
打ち所が悪かったら悶絶確実だ。
今回は運良く急所は免れた。
「ったたた・・・ちょっと!?バンチャ!聞いてないんだけど!!」
「ん?話してなかったか?折角だからこいつらにも人間社会ってやつを見せてやろうと思ってな。なんせ俺らが連れていっても昼間は外を歩けなくて退屈させちまうんだ」
「だからって!」
「その点お前がいてくれればこいつらが外を歩ける。お前も母親に逢える。バネズも久方ぶりに外の空気を吸える。みんな万々歳じゃないか」
「ただの育児放棄だろ!?」
僕が叫んでもバネズは言葉も無く首を横に振るばかり。あきらめろ、ということなのだろう。
そんな僕らをさておいて、ブレダとティーダは目をきらきらさせていた。
「ブレダ、街に行くの初めて!」
「ティダも初めて!どんなところかな?」
「デンキできらきらしてるってパパが言ってたよ!」
「ニンゲンもたくさんいるって言ってた!」
「オミセっていう、ものがたくさんおいてある場所もあるんだって!」
「おいしいものもたくさんあるって!」
「「楽しみだねー!!!」」
「そうそう行く機会もないだろうから、しっかり遊んでこいよ!息子ども!」
「「はーい!!」」
威勢のいい父親と、それをしっかり受け継いでしまった子供たち。
本気でこいつらの将来が心配になる。
「・・・僕の意見は・・・」
「あるとお思いで?」
「ガネン・・・」
そうでした。
そんなもの、あるわけもなかった。
それから数時間、僕とバネズはガネンからしつこいくらいの諸注意を聞かされたのだった。
・・・ガネンの子煩悩すぎるところも、それはそれで問題だ。
こんな人たちに一族の未来を託してて良いのか不安すら覚えてしまう。
まあ、それはまた別の話。
またの機会に話すとしよう。
街へ行こう~準備編~
2011年1月インテで無料配布した
「傷師弟と双子の兄妹を広めたいだけの本」収録の書き下ろし部分です。
タイトル通り、続きます。
2011/02/15(サイト掲載)
よほどの場合を除いて、自分の部屋にいるか闘技場にいるかのどちらか。
探す方の身としては探す張り合いもないくらい。
今日もバネズは闘技場にいた。
ずいぶん昔に両目が潰れ、光を失ったというのに剣やら槍やらを片手に若いバンパイアを楽しそうにあしらっていた。
「バネズ」
「ん?ダリウスか?っ、よっと!」
声を掛けたらすぐに気づいてくれる。
光を失ってからほかの五感がより敏感になっていると本人は言っていた。
本当かどうかはわからないけど、バネズは目が見えているのとほとんど変わらずに生活できているし、人を間違えるようなこともほとんど無い。
そうでなければ危ない武器を手に遊びに興じることなんて出来ないだろう。
相手にしていたバンパイアをひとしきり叩きのめしてからバネズが僕のそばまでやってきた。
「どうした?お前もやりたいのか?」
「バカ言わないでよ。ただでさえ訓練でくたくたなんだ。頼まれたってしないよ」
一日中闘技場に篭もっていられるバネズと一緒にしないでくれ。
「そうじゃなくてさ、ちょっと・・・相談」
「相談?」
「えっと、さ。・・・ママのところに、逢いに行かない?」
「・・・お前のか?」
「当たり前だろ?他に誰がいるっての?」
「そりゃあそうだが・・・、だがなダリウス。お前が母親に逢いたい気持ちはわかるが元帥がお許しにならんだろう」
今でこそわずかながら人間と交流が出てきたが、反発する声も大きい。
バンパニーズと和平はしても、人間とは一線を画しておくべきだという意見が未だ多数を占めている。
バネズはそれを危惧しているのだろう。
だが、そんなのは問題じゃない。
「大丈夫!バンチャ発案だもの」
「バンチャ元帥が?」
話のいきさつはこうだ。
僕は半バンパイアになって以降、ママと手紙のやりとりをしている。
直接逢うことが出来無いからバンチャが仲介役で手紙を運んでもらっているのだ。
はじめはそれだけでも繋がりが残っているだけで十分だった。
でも年数を重ねていくほどに逢えないことが寂しくなる。
「せめて一目でもいいから逢わせて欲しい」とママはバンチャに懇願したらしい。
「そしたらさ、バンチャが逢ってこいって言ってくれたんだ。もう十年も逢ってないんだし、ママはおじさんのことでも心痛めているから一目逢うくらい大目に見るって。他の元帥にも説得してくれたんだ!」
「・・・バンチャ元帥は昔から女に弱いからなぁ・・・」
光の映らない瞼をさらに手で押さえてバネズが首を横に振った。
「でさ、ママがバネズにも逢いたいって言ってるんだ」
「俺にも?」
「うん。僕がお世話になっている人だから挨拶したいって」
「・・・それも元帥は承知なんだな?」
「当たり前だ!半人前の弟子が外に出るんだ。着いていかない師匠があるか!」
突然割り込んできた大柄の男。
バネスはその声で誰なのかを察し、大きくため息をついた。
「閣下・・・そういうことは事後承諾ではなく事前に・・・」
「お前には話してなかったか?そりゃ悪かった!」
これっぽちも悪びれていない口調で話すのがバンチャ・マーチ元帥。
この話を僕に持ちかけてくれた張本人。
「大体、お前はずっとマウンテンに篭もりっぱなしだろ?たまには外の空気を吸ってこい」
「はぁ・・・わかりましたよ。閣下がそうおっしゃるなら」
「一緒に行ってくれるんだね!?」
「俺が行かないと言えばお前は一人でも行っちまいそうだしな」
仕方ない、といわんばかりの表情でバネズが僕の頭をがしがし撫でた。
側ではバンチャがうんうん頷きながら僕らを見ている。
「よしよし。話はまとまったみたいだな。じゃあ、あいつらのことも頼んだぞ?」
「へ?」
僕の間抜けな声があがるのと
「兄ちゃん!!」
「ダリウスお兄ちゃん!」
とてもよく聞き慣れた声を僕の耳が捕らえ、猛烈なタックル×二をお見舞いされるのはほとんど同時だった。
こんなことをするのは言わずと知れた、ブレダとティーダ。
双子は今年で七歳になる。
昔と違って体も大きくなってきて、、タックル一つが立派な攻撃。
打ち所が悪かったら悶絶確実だ。
今回は運良く急所は免れた。
「ったたた・・・ちょっと!?バンチャ!聞いてないんだけど!!」
「ん?話してなかったか?折角だからこいつらにも人間社会ってやつを見せてやろうと思ってな。なんせ俺らが連れていっても昼間は外を歩けなくて退屈させちまうんだ」
「だからって!」
「その点お前がいてくれればこいつらが外を歩ける。お前も母親に逢える。バネズも久方ぶりに外の空気を吸える。みんな万々歳じゃないか」
「ただの育児放棄だろ!?」
僕が叫んでもバネズは言葉も無く首を横に振るばかり。あきらめろ、ということなのだろう。
そんな僕らをさておいて、ブレダとティーダは目をきらきらさせていた。
「ブレダ、街に行くの初めて!」
「ティダも初めて!どんなところかな?」
「デンキできらきらしてるってパパが言ってたよ!」
「ニンゲンもたくさんいるって言ってた!」
「オミセっていう、ものがたくさんおいてある場所もあるんだって!」
「おいしいものもたくさんあるって!」
「「楽しみだねー!!!」」
「そうそう行く機会もないだろうから、しっかり遊んでこいよ!息子ども!」
「「はーい!!」」
威勢のいい父親と、それをしっかり受け継いでしまった子供たち。
本気でこいつらの将来が心配になる。
「・・・僕の意見は・・・」
「あるとお思いで?」
「ガネン・・・」
そうでした。
そんなもの、あるわけもなかった。
それから数時間、僕とバネズはガネンからしつこいくらいの諸注意を聞かされたのだった。
・・・ガネンの子煩悩すぎるところも、それはそれで問題だ。
こんな人たちに一族の未来を託してて良いのか不安すら覚えてしまう。
まあ、それはまた別の話。
またの機会に話すとしよう。
街へ行こう~準備編~
2011年1月インテで無料配布した
「傷師弟と双子の兄妹を広めたいだけの本」収録の書き下ろし部分です。
タイトル通り、続きます。
2011/02/15(サイト掲載)
本日出掛けた街中で、とんでもないものを見つけてしまった。
同時に激しい頭痛と目眩と吐き気に見舞われた。
あぁ、一年前に自分にこの事実を伝えてやる方法はないのか、必死に考えてみるけれどそんなものありはしない。
あったら僕は半バンパイアなんかになっていないって話だよ。
でも・・・・・・何というか・・・・・・
「納得した・・・・・・」
過剰包装に、ハート型。
そうか・・・・・・そういうことだったのか・・・・・・・・・
むしろそこに思い至らなかった自分はどうかしていたんじゃないかとすら思う。
店頭で見かけた、去年と同じような種類のチョコレート達。
美味しそうだな、なんて思いながら眺めていたらクスクス笑われた。
その理由も初めはわからなかったけれど、お店に入ってようやく理解した。
溢れんばかりの女性率の高さ!
よくよくPOPを見てみれば「今年は本命告白!」とか「意中の彼もトロケちゃう!」とか、そーゆーニュアンスの言葉ばかり。
どうやらこの国では、この『ばれんたいん』なる日に女の人が好きな人にチョコを添えながら告白するのだそう。
女の子にとっての大イベントというわけ。
僕の住んでた場所にはなかった風習だ。
そしたら、過剰包装にもハート型にも納得がいくって話。
プレゼントに告白だもんね。
あーあー、なるほどね。
確かに男は入っていけない世界だ。
あのチョコ美味しそうだったけど、残念ながら諦めるしかなさそうだ。
だってお店に入っただけで「えっ!?」って振り向かれたんだよ?
実際購入したらどんな顔されるかわかったもんじゃない。
僕は後ろ髪を引かれながら、お店を後にした。
美味しそうなものがあるのに諦めなければいけないだなんてなんたる拷問だろう!
溜まった鬱憤で他のお菓子を買い漁ってやろうと思ったのに、いろんなお菓子に『ばれんたいん』の文字。
なんだなんだ?
ばれんたいんに渡すのはチョコレートだけじゃないのか?
これじゃぁお菓子だって迂闊に買えやしない!
仕方なく僕はお菓子を諦めてホテルへ戻ることにした。
道々通りを眺めれば、どの店もこの店も『ばれんたいん』『ばれんたいん』って、そんなに書かなくてもわかってるよ!って教えてあげたいよ。
てゆうか・・・・・・
「僕、去年大量買いしたんだよね・・・・・・。あれも相当寂しい人に見られてたのかな?」
一年前のことを思い出す。
在庫処分の文字に飛びついてあの手のチョコをしこたま買い漁ってクレプスリーに怒られたんだっけ。
結局、あれって『ばれんたいん』が終わった後だったってことだよね?
だから美味しいチョコが安値で叩かれてたんだ。
知らなかったこととは言え、恥ずかしいことをしたなぁ・・・・・・。
「でも美味しかったんだよね・・・・・・あのチョコ・・・・・・」
恥ずかしい記憶と一緒に一年前の味覚までもを蘇えらせる。
今日見かけたのもあの時に美味しいと思ったお店のチョコなんだ。
珍しくクレプスリーも美味しいって言って、二人で争うように食べた。
残念だけどこのお祭り騒ぎが終わるまではお預け状態。
いつ終わるのかわからないけど、それまでこの街に居られるといいなぁ・・・・・・。
□■□
ホテルに戻った。
ついうっかりいつもの癖で窓から入りそうになったけど、今は夕方だから正面から入って良かったと思い出して慌てて玄関に回った。
ロビーをすり抜けて部屋に向かう。
僕はこのカード式のホテルが好きじゃない。
何でかって?
それはいちいち中から開けて貰わないといけないからだ。
かといってカードを抜いて持っていくと、室内の電気が使えなくなる。
省エネとかエコとかに踊らされた人間がよってたかって半バンパイアの僕を虐めているの違いない。
気は重いけど、僕は扉をノックした。
「クレプスリー!僕だよ!開けてよ!!」
部屋の中はシーンとしたまま返事がない。
「クレプスリー!?」
もう数回ノックしてみるけれど、やっぱり返事がない。
気づかないほどぐっすり寝ている、というわけではないだろう。
時間的にもそろそろ起きていていいはず。
なのに返事がないってことはどこかに出掛けちゃった、とか?
外はようやく日が沈みかけているといった時間。
ちょっと早いけど、まぁ外に出て死ぬような時間じゃない。
「だからってさぁ・・・・・・僕が帰ってくるってわかっているんだからそれまで待っていてくれたっていいと思うんだけどね!」
ドアを背にして僕は廊下に座り込んだ。
全く、あの人は・・・・・・
「いっつもいっつも自分勝手でさ、何でもかんでも相談なく一人で決めちゃうし。たまには僕の意見も汲んでくれたって罰は当たらないと思うよ?」
誰に言うでもない。
盛大な独り言だ。
幸いにして廊下に人影はなかった。
「あ~あ!今日はホントいいことないなぁ~」
「何をブツクサ言っているんだ。この阿呆。廊下なんぞに座り込みおって」
「・・・・・・誰のせいでこうなったと思っているのさ・・・・・・」
人影はなかった。
・・・・・・バンパイア影はあったけど。
「お前が昼間に遊び回らなければいいだけの話だろう?」
「残念だけど、お子さまが外で遊んでいいのは昼間だけなんだよ!」
「・・・・・・お前は・・・・・・子供扱いするなと言ったり子供だと言ってみたり・・・・・・自己主張を統一したらどうなんだ」
「うるさいうるさいっ!」
「うるさいのはどっちだ」
クレプスリーは耳を塞いだままカードキーを差し込んで部屋に逃げ込んでいった。
ここで閉め出されたらそれこそたまったもんじゃない!
慌てて僕も体を滑り込ませた。
「大体っ!あんたどこ行ってたのさ!」
おかげで僕はいらない締め出しを食らったんだ。
キリキリ白状して貰おうか。
ものすごい剣幕で迫る僕に対して、クレプスリーはコートを片づけながら平素と変わらずにしれっと答えた。
「街に出ておった。どうにも外がうるさくて何事かと思ってな。幸い今日は太陽も陰っておったし、陽も落ちかけておったから心配はいらんぞ?」
「誰があんたの心配なんかするもんか!」
「おいおい。シャン君?我が輩にそんな口を利いていいのかね?」
「何?脅すつもり?」
望むところだ。
あんたの脅しなんかに屈する僕じゃないぞ!
「せっかく土産を買ってきたやったと言うのに・・・・・・どうやらシャン君の口には入らないことになるが、まぁ我が輩一人で食せばいいだけの話。別段問題などなかったな?」
そう言って掲げて見せたのは、まさに僕が女性陣の多さに逃げ帰ってきたあのお店のロゴマーク入りの紙袋!
「それ・・・・・・どうして・・・・・・」
ていうか、どうやって・・・・・・。
「偶然見かけたから買ってきたんだが・・・・・・いやはや、残念とはこのことだな?ダレン?」
なんだよ。
このおっさんあの女性の群に飛び込んで買ってきたのか?
だとしたら・・・・・・いろんな意味ですごい・・・・・・。
「お店、女の人いっぱい居なかった?」
「うん?・・・・・・まぁ・・・・・・言われてみれば多かったような・・・・・・」
「お店入った時、すごい見られなかった?」
「あぁ、見られたな。それなりに身繕いはしていたつもりだったが、そんなに我が輩の格好は薄汚れておるか?」
「・・・・・・買ったときは・・・・・・?」
「店員がひきつった笑いを浮かべておった。全く、教育がなっておらん。この味がなければ訴えているところだ」
この人、本当に全然気づいていないんだ・・・・・・。
ばれんたいんだってことに気づいていないんだ。
それもそのはず、この人は文字なんて読めない。
どれだけ『彼に猛烈アタック!』とか書かれていたって、読めなきゃ落書きと大差ない。
きっとこの人は平然とあの女性陣の中で並んで、平然とこれを買ってきたに違いない。
それにどんな意味があるかも知らずに。
ただ美味しそうだというそれだけの理由でやってのけたのだ。
「クレプスリーっ!!」
僕は興奮のあまり飛びついた。
「クレプスリーってすごいんだね!勇者だね!!僕初めてあんたのことを心から尊敬したよ!!」
「なんだ?お為ごかしを使ってもお前にはやらんぞ?」
「もうそれはクレプスリー一人で食べるべきだって!僕なんかは食べる資格すらないよ」
「・・・・・・ダレン?」
「さぁさぁ!早く食べなよ!!あ、今美味しいお茶入れてあげるからね!心して食べるといいよ!!」
僕は笑いを堪えながらお茶の準備に取りかかった。
寂しい薄汚れたおっさんが一人チョコレートを買う姿は、周りの人にはどう映っただろう?
想像しただけで笑いが止まらない。
あまつさえそれを一人で食べているという寂しいシチュエーション!
あーおかしいっ!
バカみたい!!
全部食べきったらばれんたいんがいかなるものか、この人に教えてやろう。
驚いて目ん玉飛び出すぞ!?
そして、その後。
ばれんたいんが終わった後。
もう一回このお店のチョコレートを買ってくれるようにおねだりしてみよう!
ばれんたいんが終わった後ならそれはただのチョコレート。
恥ずかしくなんてないもんね!!
おっさんとチョコレート
ひどい殴り書きである。
タイトルがそもそもひどい件。
バレンタインの甘さはどこに行った・・・・・・
2011/02/13
同時に激しい頭痛と目眩と吐き気に見舞われた。
あぁ、一年前に自分にこの事実を伝えてやる方法はないのか、必死に考えてみるけれどそんなものありはしない。
あったら僕は半バンパイアなんかになっていないって話だよ。
でも・・・・・・何というか・・・・・・
「納得した・・・・・・」
過剰包装に、ハート型。
そうか・・・・・・そういうことだったのか・・・・・・・・・
むしろそこに思い至らなかった自分はどうかしていたんじゃないかとすら思う。
店頭で見かけた、去年と同じような種類のチョコレート達。
美味しそうだな、なんて思いながら眺めていたらクスクス笑われた。
その理由も初めはわからなかったけれど、お店に入ってようやく理解した。
溢れんばかりの女性率の高さ!
よくよくPOPを見てみれば「今年は本命告白!」とか「意中の彼もトロケちゃう!」とか、そーゆーニュアンスの言葉ばかり。
どうやらこの国では、この『ばれんたいん』なる日に女の人が好きな人にチョコを添えながら告白するのだそう。
女の子にとっての大イベントというわけ。
僕の住んでた場所にはなかった風習だ。
そしたら、過剰包装にもハート型にも納得がいくって話。
プレゼントに告白だもんね。
あーあー、なるほどね。
確かに男は入っていけない世界だ。
あのチョコ美味しそうだったけど、残念ながら諦めるしかなさそうだ。
だってお店に入っただけで「えっ!?」って振り向かれたんだよ?
実際購入したらどんな顔されるかわかったもんじゃない。
僕は後ろ髪を引かれながら、お店を後にした。
美味しそうなものがあるのに諦めなければいけないだなんてなんたる拷問だろう!
溜まった鬱憤で他のお菓子を買い漁ってやろうと思ったのに、いろんなお菓子に『ばれんたいん』の文字。
なんだなんだ?
ばれんたいんに渡すのはチョコレートだけじゃないのか?
これじゃぁお菓子だって迂闊に買えやしない!
仕方なく僕はお菓子を諦めてホテルへ戻ることにした。
道々通りを眺めれば、どの店もこの店も『ばれんたいん』『ばれんたいん』って、そんなに書かなくてもわかってるよ!って教えてあげたいよ。
てゆうか・・・・・・
「僕、去年大量買いしたんだよね・・・・・・。あれも相当寂しい人に見られてたのかな?」
一年前のことを思い出す。
在庫処分の文字に飛びついてあの手のチョコをしこたま買い漁ってクレプスリーに怒られたんだっけ。
結局、あれって『ばれんたいん』が終わった後だったってことだよね?
だから美味しいチョコが安値で叩かれてたんだ。
知らなかったこととは言え、恥ずかしいことをしたなぁ・・・・・・。
「でも美味しかったんだよね・・・・・・あのチョコ・・・・・・」
恥ずかしい記憶と一緒に一年前の味覚までもを蘇えらせる。
今日見かけたのもあの時に美味しいと思ったお店のチョコなんだ。
珍しくクレプスリーも美味しいって言って、二人で争うように食べた。
残念だけどこのお祭り騒ぎが終わるまではお預け状態。
いつ終わるのかわからないけど、それまでこの街に居られるといいなぁ・・・・・・。
□■□
ホテルに戻った。
ついうっかりいつもの癖で窓から入りそうになったけど、今は夕方だから正面から入って良かったと思い出して慌てて玄関に回った。
ロビーをすり抜けて部屋に向かう。
僕はこのカード式のホテルが好きじゃない。
何でかって?
それはいちいち中から開けて貰わないといけないからだ。
かといってカードを抜いて持っていくと、室内の電気が使えなくなる。
省エネとかエコとかに踊らされた人間がよってたかって半バンパイアの僕を虐めているの違いない。
気は重いけど、僕は扉をノックした。
「クレプスリー!僕だよ!開けてよ!!」
部屋の中はシーンとしたまま返事がない。
「クレプスリー!?」
もう数回ノックしてみるけれど、やっぱり返事がない。
気づかないほどぐっすり寝ている、というわけではないだろう。
時間的にもそろそろ起きていていいはず。
なのに返事がないってことはどこかに出掛けちゃった、とか?
外はようやく日が沈みかけているといった時間。
ちょっと早いけど、まぁ外に出て死ぬような時間じゃない。
「だからってさぁ・・・・・・僕が帰ってくるってわかっているんだからそれまで待っていてくれたっていいと思うんだけどね!」
ドアを背にして僕は廊下に座り込んだ。
全く、あの人は・・・・・・
「いっつもいっつも自分勝手でさ、何でもかんでも相談なく一人で決めちゃうし。たまには僕の意見も汲んでくれたって罰は当たらないと思うよ?」
誰に言うでもない。
盛大な独り言だ。
幸いにして廊下に人影はなかった。
「あ~あ!今日はホントいいことないなぁ~」
「何をブツクサ言っているんだ。この阿呆。廊下なんぞに座り込みおって」
「・・・・・・誰のせいでこうなったと思っているのさ・・・・・・」
人影はなかった。
・・・・・・バンパイア影はあったけど。
「お前が昼間に遊び回らなければいいだけの話だろう?」
「残念だけど、お子さまが外で遊んでいいのは昼間だけなんだよ!」
「・・・・・・お前は・・・・・・子供扱いするなと言ったり子供だと言ってみたり・・・・・・自己主張を統一したらどうなんだ」
「うるさいうるさいっ!」
「うるさいのはどっちだ」
クレプスリーは耳を塞いだままカードキーを差し込んで部屋に逃げ込んでいった。
ここで閉め出されたらそれこそたまったもんじゃない!
慌てて僕も体を滑り込ませた。
「大体っ!あんたどこ行ってたのさ!」
おかげで僕はいらない締め出しを食らったんだ。
キリキリ白状して貰おうか。
ものすごい剣幕で迫る僕に対して、クレプスリーはコートを片づけながら平素と変わらずにしれっと答えた。
「街に出ておった。どうにも外がうるさくて何事かと思ってな。幸い今日は太陽も陰っておったし、陽も落ちかけておったから心配はいらんぞ?」
「誰があんたの心配なんかするもんか!」
「おいおい。シャン君?我が輩にそんな口を利いていいのかね?」
「何?脅すつもり?」
望むところだ。
あんたの脅しなんかに屈する僕じゃないぞ!
「せっかく土産を買ってきたやったと言うのに・・・・・・どうやらシャン君の口には入らないことになるが、まぁ我が輩一人で食せばいいだけの話。別段問題などなかったな?」
そう言って掲げて見せたのは、まさに僕が女性陣の多さに逃げ帰ってきたあのお店のロゴマーク入りの紙袋!
「それ・・・・・・どうして・・・・・・」
ていうか、どうやって・・・・・・。
「偶然見かけたから買ってきたんだが・・・・・・いやはや、残念とはこのことだな?ダレン?」
なんだよ。
このおっさんあの女性の群に飛び込んで買ってきたのか?
だとしたら・・・・・・いろんな意味ですごい・・・・・・。
「お店、女の人いっぱい居なかった?」
「うん?・・・・・・まぁ・・・・・・言われてみれば多かったような・・・・・・」
「お店入った時、すごい見られなかった?」
「あぁ、見られたな。それなりに身繕いはしていたつもりだったが、そんなに我が輩の格好は薄汚れておるか?」
「・・・・・・買ったときは・・・・・・?」
「店員がひきつった笑いを浮かべておった。全く、教育がなっておらん。この味がなければ訴えているところだ」
この人、本当に全然気づいていないんだ・・・・・・。
ばれんたいんだってことに気づいていないんだ。
それもそのはず、この人は文字なんて読めない。
どれだけ『彼に猛烈アタック!』とか書かれていたって、読めなきゃ落書きと大差ない。
きっとこの人は平然とあの女性陣の中で並んで、平然とこれを買ってきたに違いない。
それにどんな意味があるかも知らずに。
ただ美味しそうだというそれだけの理由でやってのけたのだ。
「クレプスリーっ!!」
僕は興奮のあまり飛びついた。
「クレプスリーってすごいんだね!勇者だね!!僕初めてあんたのことを心から尊敬したよ!!」
「なんだ?お為ごかしを使ってもお前にはやらんぞ?」
「もうそれはクレプスリー一人で食べるべきだって!僕なんかは食べる資格すらないよ」
「・・・・・・ダレン?」
「さぁさぁ!早く食べなよ!!あ、今美味しいお茶入れてあげるからね!心して食べるといいよ!!」
僕は笑いを堪えながらお茶の準備に取りかかった。
寂しい薄汚れたおっさんが一人チョコレートを買う姿は、周りの人にはどう映っただろう?
想像しただけで笑いが止まらない。
あまつさえそれを一人で食べているという寂しいシチュエーション!
あーおかしいっ!
バカみたい!!
全部食べきったらばれんたいんがいかなるものか、この人に教えてやろう。
驚いて目ん玉飛び出すぞ!?
そして、その後。
ばれんたいんが終わった後。
もう一回このお店のチョコレートを買ってくれるようにおねだりしてみよう!
ばれんたいんが終わった後ならそれはただのチョコレート。
恥ずかしくなんてないもんね!!
おっさんとチョコレート
ひどい殴り書きである。
タイトルがそもそもひどい件。
バレンタインの甘さはどこに行った・・・・・・
2011/02/13
「せんっぱーい」
「どわっ!?近寄るなぁぁぁぁっ!!」
「何でですか?先輩!ハント先輩っ!待ってくださいよっ!」
「俺に構うなぁぁっ!!!!」
こんなやりとりも、最近では見慣れた光景の一つになっている。
周りの人も「あぁ、いつものことか」という目で二人を見ている。
私もその一人。
仕事の合間に訪れる軽食堂。
トクハンの仕事の休憩では軽食堂を利用することが多い。
コーヒーを飲むだけなら武装班に行ってもいいんだけど、別のお仕事をしている手前なんだか悪い気がしてしまうからだ。
それに、ここにはアラゴの数少ないお友達・セス君が居るからちょうどいいと思って。
アラゴは恥ずかしがっているのか、いつも渋い顔をしている。
別に恥ずかしがること無いのにね。
友達少ないから私に見られるのが恥ずかしいのかしら?
しばらくして、もう一人アラゴのお友達が現れた。
ハンドラーのココちゃん。
アラゴの警察学校時代の後輩、らしい。
とっても素直で、とっても可愛い子。
何より、アラゴのことを本当に大好きな子。
そんな子がアラゴの側に現れてくれたことを、私は素直に嬉しいことだと思った。
いつも人を避けてばかりの奴だけどこんなにも慕ってくれる子が側に居てくれることは、アラゴにとってとても大切なことだと思った。
なのに
「・・・・・・」
胸の中に、煮えきらない何かがある。
もやもやとして。
どうにもすっきりしない。
「どうしたんですか?婦警さん」
「・・・・・・セス君・・・・・・」
差し出された紙コップ。
いつもはブラックなのに、今日はミルク入りだ。
「お疲れみたいでしたので、ミルクと砂糖多めにしてみました。お嫌いでしたか?」
「ううん、ありがと」
一口啜る。
コーヒーの苦みと佐藤の甘みが口の中に広がって、もやもやとしたモノを少しだけ流してくれた。
「うん、美味しい」
「お口にあって良かったです」
にこりと微笑む。
セス君もいい子。
何でこんないい子がアラゴの友達なのかしら?と思うことがあるくらい。
「刑事さんは・・・・・・相変わらずみたいですね」
「うん。ココちゃんから逃げ回っているみたい・・・・・・」
「本当に仕方のない人ですね」
「・・・・・・」
「・・・・・・婦警さん?」
「え?あ、うん、そう・・・・・・だね・・・・・・」
いやだ。
あたしなんであんなことを・・・・・・
なんでアラゴの隣にいるのがあたしじゃないんだろう、なんて思ったの?
私は・・・・・・
私は・・・・・・・・・
「・・・・・・婦警さんは、刑事さんのことが好きなんですか?」
「なっ!?セス君!?」
「好きなんですか?」
「・・・・・・ち、違うわ。あいつはそんなんじゃない。私が好きだったのは、ユアンだもの・・・・・・」
もう、死んでしまったけれど。
だけど、好きだった気持ちは変わらない。
今だって、私が好きなのはユアンのまま。
「双子のお兄さんでしたっけ?」
「そう」
「けど、双子ならば重なる部分も多いでしょう?本当は、刑事さんに惹かれてるんじゃないですか?刑事さんの隣に立っているココさんが羨ましいんじゃないですか?」
「・・・・・・ユアンとアラゴは別人よ・・・・・・。全然似てない。それに・・・・・・」
「それに?」
「・・・・・・どうやったって、私とアラゴじゃ辛いことを思い出しちゃうから・・・・・・」
きっと私たち二人じゃ乗り越えられない。
素直に幸せを喜ぶことなんてきっと出来ない。
「だから、私じゃだめなの。あいつの横に立つのは、私じゃだめ。幸せになるためには、幸せに笑って見せるためには・・・・・・」
そうじゃなきゃ、ユアンに顔向けなんて出来ない・・・・・・。
「・・・・・・『Vim Patior』・・・・・・」
「え?」
「何でもありません。独り言です」
「そう・・・・・・?」
「さて、あんまり暴れられても困るから刑事さん捕まえてきますね」
「う・・・・・・うん・・・・・・」
セス君の背中を見送った。
会話を思い出して困惑する。
「やだ、私ったら子供あんな話するなんて・・・・・・」
本格的に疲れているのかもしれない。
今日は早めに帰って休もう。
□■□
「け~いじさ~ん」
「っ!?セスっ!!!」
「ひどいな~、傷ついちゃうな~。そんなあからさまに嫌な顔しなくてもいいのに」
軽食堂を飛び出した刑事さんが向かいそうな場所は何となく見当がついた。
人気の少ない、日当たりの悪い、そんな場所。
条件が揃っている場所などいくつもない。
足を向けた一番初めの場所に刑事さんは居た。
「ココさんなら先ほど仕事に戻りましたよ。えらくしょげてましたけど」
「・・・・・・仕方ねぇだろう・・・・・・あいつ飛びついてこようとするんだ。怪我させちまう・・・・・・」
「だからさっさと話してしまえばいいんですよ。その力のこと」
「ふざけろ。んなこと出来っかよ!」
「じゃぁ僕に下さいよ。そうしたら万事解決ですよ?」
「冗談じゃねぇ。おめぇにくれてやるもんなんて髪の毛一本ねぇよ」
「まったく、わがままな人ですねぇ」
あれもこれもと望むくせ、何一つ手に入れることのない哀れな人。
力を行使する代償を誰にも求められない、可哀想な人。
あんなにも、貴方を求めている人が居るというのに。
触れることすら叶わない。
こんなこと、僕の趣味じゃない。
ならば、きっとこれは『彼』の性分なのだろう。
『僕』は刑事さんの体を、抱きしめた。
「・・・・・・大変不本意ですが・・・・・・」
「それはこっちの台詞だっ!!何してるんだ馬鹿野郎っ!?」
「こうでもしないと、あの人は貴方の温度を知ることすら出来ないんです」
「はぁ?意味わかんねぇことほざくなっ!?離せっ!!」
「刑事さんには難しいかもしれませんね?」
「おまっ!?人のこと馬鹿にしやがってっ!!!!」
「馬鹿なのは事実でしょう?」
刑事さんがとうとう拳を振り挙げてきたので殴られる前に離れた。
まぁ、時間的にも十分だろう。
「でも、これだけは覚えておいて下さい。『僕』は抑圧と革命を司る者。抑圧に耐えるものにはいくらだって手を貸すんです」
そう、たとえば彼女のように。
たとえば、貴方のように。
「・・・・・・それくらい知ってらぁ。抑圧と革命のオルク様なんだろう?」
きっと、貴方はその意味を理解していない。
貴方自身が抑圧の中にいることを、自覚すらしていない。
「刑事さんのそういう馬鹿みたいなところ、『僕』は好きですよ?」
僕は、とても腹立たしいですけど・・・・・・。
「・・・・・・俺はお前みたいのは嫌いだよ」
吐き捨てるように、刑事さんは言った。
反吐が出そうなのはこちらだというのに。
あぁ、世の中理不尽だ。
こんなにも、こんなにも。
狭く息苦しい。
□■□
軽食堂に戻ると、婦警さんが頬を膨らませて頬杖を付いていた。
「あ、やっと戻ってきた。もう・・・・・・どこまで行ってたのよ・・・・・・」
「おぉ・・・・・・悪いな。ちょっとそこまで、な?」
「せっかくセス君が淹れてくれたコーヒー冷めちゃったわよ?」
「しょうがねぇだろ?ココの奴が追いかけてくるんだから・・・・・・」
「逃げなきゃいいだけの話じゃない」
「なんでお前がそんなにピリピリしてるんだよ・・・・・・」
「知らないっ!!」
とうとうそっぽを向いてしまった。
刑事さんも、その鈍さをいい加減どうにかしたらいいのに。
僕は新しいく淹れ直したコーヒーを運ぶ。
「まぁまぁ、婦警さんもそんなに怒らないで下さいよ」
刑事さんは何も言わずにずるずる音を立てて啜った。
嫌な顔をするくせに飲むんだからいまいちよくわからない。
ついで婦警さんにも2杯目を渡す。
コトリ、紙コップ特有の軽い音がした。
手放した温もりの代わりに、その体温を、抱く。
「あ、ありがとうセスく・・・・・・っ、セス君!?」
「んなぁぁっっ!?!?お前リオに何してやがるっ!!!!」
おもしろいくらいに動揺した声。
あぁ、滑稽だ。
「何って・・・・・・見ての通り抱擁です。イライラしている時は人肌の温もりがリラックス効果を上げるんですよ?」
「そうじゃねぇっ!!お前がリオに触んなっっ!!」
「別に、婦警さんは刑事さんの彼女ってわけでもなし、刑事さんに指図されるのは筋違いというものです。婦警さんが嫌がるなら話は別ですけどね」
「お前みたいなの!イヤに決まってるだろうがっ!!」
「だそうですけど?婦警さんはどうなんです?」
「わ、わ、わたしっ!?」
裏えった声。
上昇する体温。
例え嫌がられたとしても、離すつもりなどないと言えばどんな顔をするだろう。
・・・・・・こんな形でしたあの人を感じられない貴女は可哀想な人だ。
私という人形を介した温度しか感じられない貴女は不幸だ。
あぁ。
この世は圧迫にまみれている。
誰しも、何かに押さえつけられ。
挙げ句、自らを押さえつける。
彼も。
彼女も。
私も。
誰もが、圧迫に耐えている。
圧迫に、耐えている・・・・・・
Vim Patior
セスリオと私は豪語する。
が、本質だけをいえば愛の感情を抑圧されているリオを見て
オルク様がいてもたってもいられなくなったっちゅー話。
だから本当はオルリオなのかもしれない。
でもオルク様はセッ様と同一人物なのでセスリオってことで。
2011/02/12
「どわっ!?近寄るなぁぁぁぁっ!!」
「何でですか?先輩!ハント先輩っ!待ってくださいよっ!」
「俺に構うなぁぁっ!!!!」
こんなやりとりも、最近では見慣れた光景の一つになっている。
周りの人も「あぁ、いつものことか」という目で二人を見ている。
私もその一人。
仕事の合間に訪れる軽食堂。
トクハンの仕事の休憩では軽食堂を利用することが多い。
コーヒーを飲むだけなら武装班に行ってもいいんだけど、別のお仕事をしている手前なんだか悪い気がしてしまうからだ。
それに、ここにはアラゴの数少ないお友達・セス君が居るからちょうどいいと思って。
アラゴは恥ずかしがっているのか、いつも渋い顔をしている。
別に恥ずかしがること無いのにね。
友達少ないから私に見られるのが恥ずかしいのかしら?
しばらくして、もう一人アラゴのお友達が現れた。
ハンドラーのココちゃん。
アラゴの警察学校時代の後輩、らしい。
とっても素直で、とっても可愛い子。
何より、アラゴのことを本当に大好きな子。
そんな子がアラゴの側に現れてくれたことを、私は素直に嬉しいことだと思った。
いつも人を避けてばかりの奴だけどこんなにも慕ってくれる子が側に居てくれることは、アラゴにとってとても大切なことだと思った。
なのに
「・・・・・・」
胸の中に、煮えきらない何かがある。
もやもやとして。
どうにもすっきりしない。
「どうしたんですか?婦警さん」
「・・・・・・セス君・・・・・・」
差し出された紙コップ。
いつもはブラックなのに、今日はミルク入りだ。
「お疲れみたいでしたので、ミルクと砂糖多めにしてみました。お嫌いでしたか?」
「ううん、ありがと」
一口啜る。
コーヒーの苦みと佐藤の甘みが口の中に広がって、もやもやとしたモノを少しだけ流してくれた。
「うん、美味しい」
「お口にあって良かったです」
にこりと微笑む。
セス君もいい子。
何でこんないい子がアラゴの友達なのかしら?と思うことがあるくらい。
「刑事さんは・・・・・・相変わらずみたいですね」
「うん。ココちゃんから逃げ回っているみたい・・・・・・」
「本当に仕方のない人ですね」
「・・・・・・」
「・・・・・・婦警さん?」
「え?あ、うん、そう・・・・・・だね・・・・・・」
いやだ。
あたしなんであんなことを・・・・・・
なんでアラゴの隣にいるのがあたしじゃないんだろう、なんて思ったの?
私は・・・・・・
私は・・・・・・・・・
「・・・・・・婦警さんは、刑事さんのことが好きなんですか?」
「なっ!?セス君!?」
「好きなんですか?」
「・・・・・・ち、違うわ。あいつはそんなんじゃない。私が好きだったのは、ユアンだもの・・・・・・」
もう、死んでしまったけれど。
だけど、好きだった気持ちは変わらない。
今だって、私が好きなのはユアンのまま。
「双子のお兄さんでしたっけ?」
「そう」
「けど、双子ならば重なる部分も多いでしょう?本当は、刑事さんに惹かれてるんじゃないですか?刑事さんの隣に立っているココさんが羨ましいんじゃないですか?」
「・・・・・・ユアンとアラゴは別人よ・・・・・・。全然似てない。それに・・・・・・」
「それに?」
「・・・・・・どうやったって、私とアラゴじゃ辛いことを思い出しちゃうから・・・・・・」
きっと私たち二人じゃ乗り越えられない。
素直に幸せを喜ぶことなんてきっと出来ない。
「だから、私じゃだめなの。あいつの横に立つのは、私じゃだめ。幸せになるためには、幸せに笑って見せるためには・・・・・・」
そうじゃなきゃ、ユアンに顔向けなんて出来ない・・・・・・。
「・・・・・・『Vim Patior』・・・・・・」
「え?」
「何でもありません。独り言です」
「そう・・・・・・?」
「さて、あんまり暴れられても困るから刑事さん捕まえてきますね」
「う・・・・・・うん・・・・・・」
セス君の背中を見送った。
会話を思い出して困惑する。
「やだ、私ったら子供あんな話するなんて・・・・・・」
本格的に疲れているのかもしれない。
今日は早めに帰って休もう。
□■□
「け~いじさ~ん」
「っ!?セスっ!!!」
「ひどいな~、傷ついちゃうな~。そんなあからさまに嫌な顔しなくてもいいのに」
軽食堂を飛び出した刑事さんが向かいそうな場所は何となく見当がついた。
人気の少ない、日当たりの悪い、そんな場所。
条件が揃っている場所などいくつもない。
足を向けた一番初めの場所に刑事さんは居た。
「ココさんなら先ほど仕事に戻りましたよ。えらくしょげてましたけど」
「・・・・・・仕方ねぇだろう・・・・・・あいつ飛びついてこようとするんだ。怪我させちまう・・・・・・」
「だからさっさと話してしまえばいいんですよ。その力のこと」
「ふざけろ。んなこと出来っかよ!」
「じゃぁ僕に下さいよ。そうしたら万事解決ですよ?」
「冗談じゃねぇ。おめぇにくれてやるもんなんて髪の毛一本ねぇよ」
「まったく、わがままな人ですねぇ」
あれもこれもと望むくせ、何一つ手に入れることのない哀れな人。
力を行使する代償を誰にも求められない、可哀想な人。
あんなにも、貴方を求めている人が居るというのに。
触れることすら叶わない。
こんなこと、僕の趣味じゃない。
ならば、きっとこれは『彼』の性分なのだろう。
『僕』は刑事さんの体を、抱きしめた。
「・・・・・・大変不本意ですが・・・・・・」
「それはこっちの台詞だっ!!何してるんだ馬鹿野郎っ!?」
「こうでもしないと、あの人は貴方の温度を知ることすら出来ないんです」
「はぁ?意味わかんねぇことほざくなっ!?離せっ!!」
「刑事さんには難しいかもしれませんね?」
「おまっ!?人のこと馬鹿にしやがってっ!!!!」
「馬鹿なのは事実でしょう?」
刑事さんがとうとう拳を振り挙げてきたので殴られる前に離れた。
まぁ、時間的にも十分だろう。
「でも、これだけは覚えておいて下さい。『僕』は抑圧と革命を司る者。抑圧に耐えるものにはいくらだって手を貸すんです」
そう、たとえば彼女のように。
たとえば、貴方のように。
「・・・・・・それくらい知ってらぁ。抑圧と革命のオルク様なんだろう?」
きっと、貴方はその意味を理解していない。
貴方自身が抑圧の中にいることを、自覚すらしていない。
「刑事さんのそういう馬鹿みたいなところ、『僕』は好きですよ?」
僕は、とても腹立たしいですけど・・・・・・。
「・・・・・・俺はお前みたいのは嫌いだよ」
吐き捨てるように、刑事さんは言った。
反吐が出そうなのはこちらだというのに。
あぁ、世の中理不尽だ。
こんなにも、こんなにも。
狭く息苦しい。
□■□
軽食堂に戻ると、婦警さんが頬を膨らませて頬杖を付いていた。
「あ、やっと戻ってきた。もう・・・・・・どこまで行ってたのよ・・・・・・」
「おぉ・・・・・・悪いな。ちょっとそこまで、な?」
「せっかくセス君が淹れてくれたコーヒー冷めちゃったわよ?」
「しょうがねぇだろ?ココの奴が追いかけてくるんだから・・・・・・」
「逃げなきゃいいだけの話じゃない」
「なんでお前がそんなにピリピリしてるんだよ・・・・・・」
「知らないっ!!」
とうとうそっぽを向いてしまった。
刑事さんも、その鈍さをいい加減どうにかしたらいいのに。
僕は新しいく淹れ直したコーヒーを運ぶ。
「まぁまぁ、婦警さんもそんなに怒らないで下さいよ」
刑事さんは何も言わずにずるずる音を立てて啜った。
嫌な顔をするくせに飲むんだからいまいちよくわからない。
ついで婦警さんにも2杯目を渡す。
コトリ、紙コップ特有の軽い音がした。
手放した温もりの代わりに、その体温を、抱く。
「あ、ありがとうセスく・・・・・・っ、セス君!?」
「んなぁぁっっ!?!?お前リオに何してやがるっ!!!!」
おもしろいくらいに動揺した声。
あぁ、滑稽だ。
「何って・・・・・・見ての通り抱擁です。イライラしている時は人肌の温もりがリラックス効果を上げるんですよ?」
「そうじゃねぇっ!!お前がリオに触んなっっ!!」
「別に、婦警さんは刑事さんの彼女ってわけでもなし、刑事さんに指図されるのは筋違いというものです。婦警さんが嫌がるなら話は別ですけどね」
「お前みたいなの!イヤに決まってるだろうがっ!!」
「だそうですけど?婦警さんはどうなんです?」
「わ、わ、わたしっ!?」
裏えった声。
上昇する体温。
例え嫌がられたとしても、離すつもりなどないと言えばどんな顔をするだろう。
・・・・・・こんな形でしたあの人を感じられない貴女は可哀想な人だ。
私という人形を介した温度しか感じられない貴女は不幸だ。
あぁ。
この世は圧迫にまみれている。
誰しも、何かに押さえつけられ。
挙げ句、自らを押さえつける。
彼も。
彼女も。
私も。
誰もが、圧迫に耐えている。
圧迫に、耐えている・・・・・・
Vim Patior
セスリオと私は豪語する。
が、本質だけをいえば愛の感情を抑圧されているリオを見て
オルク様がいてもたってもいられなくなったっちゅー話。
だから本当はオルリオなのかもしれない。
でもオルク様はセッ様と同一人物なのでセスリオってことで。
2011/02/12
「そうですか」
少女はどうでも良さそうな感想を漏らした。
止めていた手を動かして、わしゃわしゃ髪を拭く作業に戻る。
「・・・・・・何も聞かないんだ?」
しがない大学生だなんて、信用ならない回答をされて黙って信じるほどの間抜けではないだろう。
言及されるつもりでいたのに、少女はあっさりと引き下がった。
今度は手も止めずに答える。
「答えるつもりが有るんですか?」
「いや?」
たぶん適当な嘘を並べ立てて回答を拒否するだろうことは自分にも、少女にもわかりきった答えだった。
「なら、相手するだけ無駄です」
聞かないからお前も聞くな。
暗にそう言っている。
そもそも、相手が何者かだなんて特に興味なんてない。
相手が誰か知らなくたって家に招けるし、風呂に入れるし、食事をすることだって出来る。
現に今自分はこうしてここにいる。
その現実だけで十分だろう。
何者か、なんて事柄は先入観を与えるだけのモノに過ぎない。
仮に何かの事態が起こるのならば、自己に責任を擦り付けすべてを咬み殺してやればいいだけの話。
ただ、それだけの話。
「君がそれでいいなら、構わないよ」
「その言い方、まるで私が強いたかのようで気に食わないです。自分の選択くらい自分でしてください」
聞かれたくないのは、お互い様でしょう?
私に転嫁しないでください。
「・・・・・・変なことにこだわるんだね」
「自己の判断を相手に委ねるのは責任逃れを望んでいるから。自身の行動に対する免罪符を掲げることで得る安堵感なんて馬鹿げていると思っているだけです。それとも、貴方もそういう類の人間ですか?」
「・・・・・・正論だよ。僕もそういう輩は見ていて反吐が出る」
男は言葉を訂正した。
「君と同様に、僕も素直に答えるつもりなんてさらさらないから聞かないよ」
「はい」
満足気に、少女は頷いた。
ただ、『君と同様に』と言った点を訂正しようとはしなかった。
少女もまた、ある程度嘘をついていることを事実として認めているのだろう。
まったくもって、少女の意図が読めない。
「じゃぁ仮に君がしがない中学生だとして、だ。君のいう『師匠』っていう人はいつ帰ってくるの?」
「さぁ?」
「・・・・・・さぁ?って・・・・・・」
「ふらりと居なくなるのはいつものことです。いつ帰ってくるのかなんて、私にはわかりません。きっと師匠にだってわかってないんでしょうね。気づいたら帰ってきているし、気づいたら居なくなっています」
淡々と、こともなげに言い放つ。
敢えて感情を込めないように意図しているようにも感じられた。
それだけのことをしてのける人間が、ただの中学生だなどとは片腹痛い。
「それよりも、貴方はこれからどうするんですか?」
「僕?」
「いつまでココに居ますか?」
さて、それが問題だ。
ココに居座る理由など男にはなかった。
男は帰るべき家が無い行き倒れとは違うのだ。
重傷で身動きとれない患者とは違うのだ。
ただ興味本位で少女に着いてきただけなのだ。
その興味の対象ですら、己を語るつもりはないと宣言されたばかりだった。
いよいよ理由がない。
理由がないなら、立ち去ればいい。
無理を押してまで居座るつもりも理由もない。
「そうだね。はっきり言って居座る理由はもう無い」
帰るか。
珍しく興味を引いた人間には心残りがあるけれど、きっと数日もせずに忘れてしまうだろう。
別段、これまでの常識を覆すほどの鮮烈なインパクトを受けたわけじゃぁない。
むしろ逆だ。
非常識が常識の皮を被って装って、無理矢理とけ込もうとしている。
隠しきれずに滲み出ている違和感。
隠そうとして隠し切れていないからこそ、気になっているだけなんだ。
男は自分にそう言い聞かせた。
「帰るよ。世話になったね」
男は立ち上がった。
後腐れなく、痕跡を残さず、消えよう。
まずは借りていた服を返そうか。
自分の服は乾いてはいないだろうけど、どうせ雨は止んでいない。
濡れて帰るのだから初めから濡れていたって大差はない。
「・・・・・・貴方は濡れた服を着る奇特な人なんですか?」
少女が男を呼び止める。
「どうせ濡れるんだ。関係ないよ」
「・・・・・・雨が上がるのを待てばいいじゃないですか」
「・・・・・・何?引き留めたいの?」
「別に。ただこの家には貴方が居座るくらいのスペースが空いていて、お布団も一組余っているだけです」
「引き留めているじゃない」
「帰りたければ帰ればいいです。ずぶ濡れの服を着ることに至高の喜びを感じる趣味があるなら、帰ればいいです」
「君は僕を変態だとでも思っているの?」
「ろくな人間ではないと思っています」
その回答は当たらずとも遠からずと言ったところだ。
あえて否定しようとは思わなかった。
だが、一つだけ言ってやりたいことがあった。
「君は、自己の判断を他人に委ねるべきじゃないと言ったよね?」
「はい」
「僕もその意見には同意する。ただ、それだけでは不十分だと僕は思う」
「と、いいますと?」
「自己の意志を他人の決断によって抑圧すべきじゃない」
「・・・・・・」
「言いなよ。君はどうして欲しいんだい?」
それが、男を家に招いた意図なのではないだろうか。
確信はないが、そう感じた。
「・・・・・・女子中学生一人は何かと危険なのでココにいてください」
「知らない男を家に連れ込む方がよっぽど危ない気はするけどね」
まぁいいだろう。
しばらく付き合ってみるのも、悪くはないかもしれない。
「雨が上がるまで、世話になるよ」
暗い路地裏から出てきたときと同じように、もう一度少女の頭を撫でた。
今度は濡れていない手で、だ。
少女は感じていた。
今頭の上にあるのは水の浸透などではなく、紛れもない温もりだと。
男から感じたのは、久しくこの家から消えていた、人の体温だった。
□■□
目覚まし時計が鳴るよりも早く、少女は体を起きあがらせた。
平素と変わらない。
いつも通りの光景。
隣に目をやった。
そこも、いつも通りの無人だった。
いつも通りではおかしいのに、いつも通りだった。
「・・・・・・」
私が目を覚ました時。
隣は、もぬけの殻。
冷たくなった布団があるだけだった。
窓の外を見た。
数日間降り続いていた雨は、上がっていた。
第5話でした。
なんかちょっと物語が動きした気がしないでもない。
しかしローテンションである。
安心のローテンション。
読む方には相当強いると思います。
すみません。
毎度のことですが、ヒの字もイの字も出てきませんがこれはヒバピンです。
今しばらくお付き合いくだされば幸いです。
2011/02/10
少女はどうでも良さそうな感想を漏らした。
止めていた手を動かして、わしゃわしゃ髪を拭く作業に戻る。
「・・・・・・何も聞かないんだ?」
しがない大学生だなんて、信用ならない回答をされて黙って信じるほどの間抜けではないだろう。
言及されるつもりでいたのに、少女はあっさりと引き下がった。
今度は手も止めずに答える。
「答えるつもりが有るんですか?」
「いや?」
たぶん適当な嘘を並べ立てて回答を拒否するだろうことは自分にも、少女にもわかりきった答えだった。
「なら、相手するだけ無駄です」
聞かないからお前も聞くな。
暗にそう言っている。
そもそも、相手が何者かだなんて特に興味なんてない。
相手が誰か知らなくたって家に招けるし、風呂に入れるし、食事をすることだって出来る。
現に今自分はこうしてここにいる。
その現実だけで十分だろう。
何者か、なんて事柄は先入観を与えるだけのモノに過ぎない。
仮に何かの事態が起こるのならば、自己に責任を擦り付けすべてを咬み殺してやればいいだけの話。
ただ、それだけの話。
「君がそれでいいなら、構わないよ」
「その言い方、まるで私が強いたかのようで気に食わないです。自分の選択くらい自分でしてください」
聞かれたくないのは、お互い様でしょう?
私に転嫁しないでください。
「・・・・・・変なことにこだわるんだね」
「自己の判断を相手に委ねるのは責任逃れを望んでいるから。自身の行動に対する免罪符を掲げることで得る安堵感なんて馬鹿げていると思っているだけです。それとも、貴方もそういう類の人間ですか?」
「・・・・・・正論だよ。僕もそういう輩は見ていて反吐が出る」
男は言葉を訂正した。
「君と同様に、僕も素直に答えるつもりなんてさらさらないから聞かないよ」
「はい」
満足気に、少女は頷いた。
ただ、『君と同様に』と言った点を訂正しようとはしなかった。
少女もまた、ある程度嘘をついていることを事実として認めているのだろう。
まったくもって、少女の意図が読めない。
「じゃぁ仮に君がしがない中学生だとして、だ。君のいう『師匠』っていう人はいつ帰ってくるの?」
「さぁ?」
「・・・・・・さぁ?って・・・・・・」
「ふらりと居なくなるのはいつものことです。いつ帰ってくるのかなんて、私にはわかりません。きっと師匠にだってわかってないんでしょうね。気づいたら帰ってきているし、気づいたら居なくなっています」
淡々と、こともなげに言い放つ。
敢えて感情を込めないように意図しているようにも感じられた。
それだけのことをしてのける人間が、ただの中学生だなどとは片腹痛い。
「それよりも、貴方はこれからどうするんですか?」
「僕?」
「いつまでココに居ますか?」
さて、それが問題だ。
ココに居座る理由など男にはなかった。
男は帰るべき家が無い行き倒れとは違うのだ。
重傷で身動きとれない患者とは違うのだ。
ただ興味本位で少女に着いてきただけなのだ。
その興味の対象ですら、己を語るつもりはないと宣言されたばかりだった。
いよいよ理由がない。
理由がないなら、立ち去ればいい。
無理を押してまで居座るつもりも理由もない。
「そうだね。はっきり言って居座る理由はもう無い」
帰るか。
珍しく興味を引いた人間には心残りがあるけれど、きっと数日もせずに忘れてしまうだろう。
別段、これまでの常識を覆すほどの鮮烈なインパクトを受けたわけじゃぁない。
むしろ逆だ。
非常識が常識の皮を被って装って、無理矢理とけ込もうとしている。
隠しきれずに滲み出ている違和感。
隠そうとして隠し切れていないからこそ、気になっているだけなんだ。
男は自分にそう言い聞かせた。
「帰るよ。世話になったね」
男は立ち上がった。
後腐れなく、痕跡を残さず、消えよう。
まずは借りていた服を返そうか。
自分の服は乾いてはいないだろうけど、どうせ雨は止んでいない。
濡れて帰るのだから初めから濡れていたって大差はない。
「・・・・・・貴方は濡れた服を着る奇特な人なんですか?」
少女が男を呼び止める。
「どうせ濡れるんだ。関係ないよ」
「・・・・・・雨が上がるのを待てばいいじゃないですか」
「・・・・・・何?引き留めたいの?」
「別に。ただこの家には貴方が居座るくらいのスペースが空いていて、お布団も一組余っているだけです」
「引き留めているじゃない」
「帰りたければ帰ればいいです。ずぶ濡れの服を着ることに至高の喜びを感じる趣味があるなら、帰ればいいです」
「君は僕を変態だとでも思っているの?」
「ろくな人間ではないと思っています」
その回答は当たらずとも遠からずと言ったところだ。
あえて否定しようとは思わなかった。
だが、一つだけ言ってやりたいことがあった。
「君は、自己の判断を他人に委ねるべきじゃないと言ったよね?」
「はい」
「僕もその意見には同意する。ただ、それだけでは不十分だと僕は思う」
「と、いいますと?」
「自己の意志を他人の決断によって抑圧すべきじゃない」
「・・・・・・」
「言いなよ。君はどうして欲しいんだい?」
それが、男を家に招いた意図なのではないだろうか。
確信はないが、そう感じた。
「・・・・・・女子中学生一人は何かと危険なのでココにいてください」
「知らない男を家に連れ込む方がよっぽど危ない気はするけどね」
まぁいいだろう。
しばらく付き合ってみるのも、悪くはないかもしれない。
「雨が上がるまで、世話になるよ」
暗い路地裏から出てきたときと同じように、もう一度少女の頭を撫でた。
今度は濡れていない手で、だ。
少女は感じていた。
今頭の上にあるのは水の浸透などではなく、紛れもない温もりだと。
男から感じたのは、久しくこの家から消えていた、人の体温だった。
□■□
目覚まし時計が鳴るよりも早く、少女は体を起きあがらせた。
平素と変わらない。
いつも通りの光景。
隣に目をやった。
そこも、いつも通りの無人だった。
いつも通りではおかしいのに、いつも通りだった。
「・・・・・・」
私が目を覚ました時。
隣は、もぬけの殻。
冷たくなった布団があるだけだった。
窓の外を見た。
数日間降り続いていた雨は、上がっていた。
第5話でした。
なんかちょっと物語が動きした気がしないでもない。
しかしローテンションである。
安心のローテンション。
読む方には相当強いると思います。
すみません。
毎度のことですが、ヒの字もイの字も出てきませんがこれはヒバピンです。
今しばらくお付き合いくだされば幸いです。
2011/02/10